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第40話

 熱い吐息が漏れる。龍承業の唇が、俺の唇を何度も繰り返し塞いだ。  寝台に押し倒されてからどれくらい経ったのだろう。記憶が曖昧になるほど、彼の口づけは激しく、執拗に続いている。 「承、業……」  ようやく唇が離れた瞬間、彼の名を呼んだ。窓から差し込む月光が、彼の顔をうっすらと照らしている。その目には、三ヶ月の別離を埋めようとする渇きが宿っていた。 「待って、少し……息が……」  言い終わる前に、再び唇が奪われる。あまりの激しさに俺は眩暈を覚えた。 (マジでやばい、このままじゃ窒息する……)  彼の右手が俺の手に絡み、もう片方の手が俺の背中を強く抱き寄せた。お互いの身体がより近くなり、龍承業の体温が直に伝わってくる。龍承業の鼓動も早くなっているのを感じ、彼もまたこの逢瀬に興奮を覚えているのだとわかると、俺は言いようのない高揚を覚えた。  ここは、玄武城にある龍承業の私室。天井から吊るされた赤い提灯が揺れ、部屋の中をほのかに照らしている。  あの丘で再会を果たした後、俺は半ば龍承業に連れ去られるような形でこの私室まで連れてこられた。玄武城にある龍承業の私室には周囲に見張りがおらず、俺はほとんど誰の目に留まることなく部屋にたどり着けた。そしてそのまま、こうして唇を奪われている。あまりの急展開に、なんだか身体がついていかない。  佐倉遼の体に戻ってから、こんな風に誰かに触れられるのは初めてだ。梁易安の体に宿っていた頃とは違い、今の俺は慣れ親しんだ佐倉遼の身体そのもの。身長も体格も少し違う。その差に戸惑っているのは俺だけではないはずなのに、龍承業は一切の躊躇いもなく俺に愛撫を続けている。 「んっ……うぅ……」  唇から漏れる吐息に合わせるように、龍承業の手が俺の首筋から胸元へと移動していく。服の上からでもわかるその手の感触に、思わず身をよじる。 「待って……少し、待って……」  やっと唇が解放された瞬間、俺は慌てて言葉を紡いだ。龍承業は眉を寄せ、少し離れて俺の顔を覗き込んだ。その目には欲望と、わずかな苛立ちが混じっている。 「何だ?」  低く響く声。いつもの冷静さはなく、どこか切迫した響きがあった。 「俺の身体は、もう梁易安のものじゃない。佐倉遼だ。それでも……いいのか?」  頬が熱くなるのを感じながら、俺は問いかけた。見た目も声も、今の自分では梁易安とはまったく違う。それでも彼は俺を受け入れてくれるのだろうか。そんな不安が胸の奥にまだかすかに引っかかっている。 「愚問だ」  しかし、龍承業は言い捨てるように言うと、俺の衣服に手をかけ乱暴に脱がし始めた。 「遼はお前なのだろう? 魂が同じなら、姿の違いなど些末なことだ」  彼の言葉に、胸が熱くなった。彼に「遼」と呼ばれるたび、心が揺さぶられる。 「……遼、諦めろ。今日の俺は自分を抑えられる自信がない」  龍承業の瞳が、肉食獣のような鋭さをもって俺を捕らえた。その瞳に映る自分の姿を見て、俺は覚悟を決めた。──龍承業は俺を、佐倉遼を求めている。俺もそれに応えたい。  俺は、返事をする代わりに自分から龍承業の唇を自らキスをした。俺からのキスに龍承業は始めこそ驚いていたものの、すぐにキスはより深いものになった。キスをしながら、俺は龍承業により寝台に深く沈められる。  彼を見上げるような形になり、俺は恥ずかしさで思わず目を背けた。しかし、龍承業が俺の頬を優しく掴み、それを許さず正面に向き直させる。 「ちょ、承業さん……は、恥ずかしいんだけど」 「今日はお前の顔を見ながらしたい」  その言葉の意味を考えて、俺は顔に血が昇っていくのを感じた。顔を見ながらする──つまり、彼はこのまま向き合ったまま行為がしたいということか。  ちなみに、梁易安の時だった時は行為をするときはほぼ背面位……つまりバックの体位でしかやったことがなく、正面を向き合って行為するのはやったことがない。 (正面……正常位ってことは、つまり……)  俺が考える暇もなく、龍承業は俺の下半身から下衣を半ば強引にはぎ取ると、俺の足をいつかの時のように容赦なく大股開きにしてきた。俺のすべてが露になるような恰好をさせられて、俺は思わず穴があったら走りたい衝動に駆られる。 「遼」  龍承業の声が切なげに俺の名を呼ぶ。龍承業は俺に覆い被さってきた。俺の首すじに唇を落とし、肩に頬を擦り付ける。  また、彼は俺に愛撫をする傍ら、見慣れた潤滑油の器から油を指につけると、それを大きく開かれたままの俺の秘部へとゆっくり差し込んでいった。 (う、うわぁ……)  今まで背面位だったからよく見たことがなかったが、正面に向き合うとその行為がまざまざと視界に入ってくる。龍承業の指が、グプッ……クチャッ……と卑猥な音を立てながら、俺の中に静かに飲み込まれていく。 「あっ……あ、あ……」  潤滑油の冷たい刺激に、俺の腰が無意識に震える。龍承業はそんな俺の反応を見ながら、どこか満足そうに微笑んだ。 「……遼。お前のこの身体は、今まで男を受けて入れたことはあるか」 「あ、あるわけないだろ!」 「……そうか」  またも龍承業が満足そうに口角を上げる。当然、佐倉遼のころにこんな行為を許した相手はいない。金輪際、後にも先にもこんなことしていいのは龍承業だけだ。 「っ……!」  俺の中に入った龍承業の指の数が増やされる。思わず息が詰まったが、龍承業は構わずに俺の中を指で掻き回した。 「あっ、やめ……ろっ……!」  龍承業は俺の言葉なんてまるで無視して指を動かし続ける。彼らしくない余裕のない性急さを感じ、俺の興奮は否応なしに高められていく。 「あ、あっ……ああっ……!」  もう俺の身体は彼に慣らされた梁易安のものではなくなっているはずなのに、龍承業の愛撫を受けて徐々に快楽が高まってくる。痛みと羞恥は気持ちよさと興奮に変わり、何も考えられなくなっていく。  その時、俺の中から龍承業の指が抜かれた。見上げると、龍承業が昂りを抑えきれない様子で俺を見下げていた。 「遼、もう……いいか」  余裕のない龍承業の目が、獲物を目の前にした獣のように俺を見ている。その隠しきれない彼の欲望に、俺は心の奥底が震えるほど興奮した。  ──ああ、彼に征服されたい。  俺は答える代わりに、龍承業の首の後ろに手を回した。龍承業は目を見開いたあと、すぐに俺の身体を抱きかかえると、一気に彼の昂りを俺の中へと貫いた。 「……っ!!」  容赦のない一突きに、俺は声を失った。腰が弓なりにしなり、息ができなくなる。  最奥まで貫かれた後、龍承業は俺の身体を抱き寄せ、またキスをしてきた。甘くとろけるような口づけに、俺は貫かれた痛みも忘れてそれに夢中になる。 「遼、愛している……」  切なげに呟かれた告白を聞き、俺は思わず涙が出てきていた。 「……俺も、貴方が好きです」  俺は龍承業の目を見て告げた。龍承業は俺の告白を受けて、嬉しそうな、どこか複雑な表情を見せた。もしかしたら照れているのかもしれない。  そんなことを考えた刹那、龍承業の身体が動き始めた。激しい動きが始まり、途端に俺は言葉を失ってしまう。 「んっ、あ、あっ……!」  激しい抽挿が繰り返され、俺の頭は真っ白になっていく。向き合って繋がってるから時おり興奮した龍承業の顔が視界に入って、なんともいえない感情に襲われる。 「はぁっ……激し……っ、あ、ああっ!」  痛みと快楽がごちゃまぜになり、なんだかわけがわからなくなってくる。俺は抑えきれない嬌声をあげながら、龍承業の猛りをただただ受け止めた。 「遼っ……!」  龍承業が俺の名前を呼ぶのと同時に、彼は自身のそれを再び最奥まで貫いた。途端、俺の身体の中に熱いものが放たれる。龍承業が絶頂を迎えたのだ。  俺は龍承業に深くまで愛された充足感と、行為が終わった安堵感に静かに浸った。しかし、行為が終わった後も龍承業は俺の中から自身を引き抜くことなく、俺をそのまま抱き寄せた。 「もう少しだけ……このままでいさせてくれ」  お互い身体を繋げたまま、龍承業は囁いた。  これからどれほど恐ろしい戦いが待ち受けていようと、今この瞬間だけは永遠のようだった。彼の体温、匂い、触れる感覚──すべてを記憶に刻み込む。 「明日のことは考えるな」と囁いた龍承業の声は、いつもより優しく響く。  死と隣り合わせの明日を前に、こんな夜があるとは思わなかった。再び彼と一つになれるとは。失ってもう二度と取り戻せないと思っていたものが、今、この腕の中にある。それだけでもう満足だ。  彼の唇が再び俺の首筋に触れる。もう抵抗する気力はない。──いや、したくない。この刹那の甘さを、この濃密な時間を、全てを受け入れよう。  俺は目を閉じて、再び龍承業に静かに身を委ねた。

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