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2話 純血悪魔御用達、香水屋

 森を抜けると、タイル張りの道が見える。悪魔界は、人間界でいうドイツみたいな街並みをしている。   黒い瓦の屋根にオレンジや黄色、白の壁。そんな店や家々がずらりと並んでいる。町の奥には、ひときわ大きなルイが住んでいたと思われる城がそびえている。  あの城って、確か警備なかったっけ? 「ルイ、どうやって城から抜け出してきた?」 「……護衛に、『逃げるの見逃して』っていった。もしも戦うことになったら俺弱いし、負けるってわかってたから」  なるほどな。 「賢いやり方だな」  うんうんと頷くと、ルイは嬉しそうに歯を出して笑った。得意げだ。 「天馬、もうすぐ着く?」  ルイが尋ねる。  天馬は一瞬ルイの顔を見てから、こくりと頷く。 「ああ。でも……家に行く前に、ちょっと寄り道しよう。リヴィア御用達の店に行こうな」 「姉ちゃんの?」 「そう。多分あそこに顔を出してるかもしれないし、伝言くらいなら預かってくれると思う」 城に直接行くのはやめておいたほうがいい。  あの場所に戻れば、ルイの気持ちも揺れるだろうし、リヴィアの父親――あの暴力親父に鉢合わせる可能性もある。  それに、リヴィアが本当に優しいなら、そういう事情も察して、何もいわずに手を貸してくれるはずだ。城に行くより、そっちに行った方がいい。ルイのためには。  夕方の空は相変わらず灰色で、街の壁にかかったランタンだけが、微かに暖かい。 「天馬、ここって……」 「ああ、香水屋だよ。リヴィアがよく使ってる」  そういいながら、天馬は白いレンガで作ら造られた、建物の扉を押す。  扉に吊るされた鉄の看板には、薔薇の刺繍とフランス語風の店名《Rose Infernale》。  中に入ると、ほのかに甘く、少しスパイシーな香りが鼻腔をくすぐる。黒い棚には無数のガラス瓶が並んでいる。淡い紫、青、琥珀色などの様々な液体が光を受けて、鈍く輝いている。  店の奥から、黒いフードをかぶった女性が、ふわりと現れる。  フードの下から覗く緋色の髪と、鮮やかな紅の爪が目を惹く。 「やけに静かに入ってきたと思ったら……ハーフの坊やじゃないか。何の用だい?」 「やあ、ヴェルメイユ。ちょっとお願いがあって……最近リヴィアって店来てる?」  天馬が尋ねると、ヴェルメイユはしっかりと頷く。 「リヴィア? もちろん。毎日のように来てるよ、あの子はうちの常連だからね。リヴィアがどうかしたかい?」  ヴェルメイユが不思議そうに頬杖をつく。 「悪いけど、伝言を頼まれてくれないか。ルイは当分、家には帰らない。落ち着くまでは俺が預かるって伝えておいて欲しい」 「ルイ……? おや、何だいこの子。まだ幼いわりに、ずいぶん大きくて有望そうな翼をしているじゃないか。髪の毛が金髪のところなんかリヴィアにそっくりだね。弟かい?」  ヴェルメイユが天馬に近づいて、隣にいたルイをじっと見つめる。怖かったのか、ルイは慌てて天馬の後ろに隠れて、コートの裾を掴む。 「ああ。リヴィアのな。一時的に預かることにしたんだ。すこし、訳アリみたいだから」 「ハーフが純血の子守かい。珍しいこともあるもんだね。わかったよ」  ルイの頭を撫でて、ヴェルメイユは笑う。 「坊や、天馬の家に住むならこれを持って行きな」  棚の奥から小さな瓶を一つ取り出して、ヴェルメイユはルイに手渡す。  黄色い液体が入っている。 「“天使避け”の香りだよ。純血は匂いにも敏感だからね。一緒に住んでるうちに、あんたに天使の匂いが移ったら――後で家族に何かいわれるかもしれない」 「……え」  ルイは目を見開いたまま、瓶を両手で受け取る。 「金はそのうち、天馬に払わせるから」  天馬が眉をしかめる。 「……おい、それ、冗談じゃないよな?」 「あんたが坊やを拾ったんだ。その責任は取らないとね。ま、今すぐじゃないよ。“そのうち”っていったろ? うち、ツケは効くから」  ルイは香水を大切そうに、ぎゅっと抱えていた。思わず、天馬はため息をつく。 「……ああもう。わかったよ」 「天馬、擬人化の香水はまだ余ってるのかい?」  棚にある透明な液体が入ったガラス瓶を取って、ヴェルメイユは首をかしげる。 「ああ、まだある。……ん? あれ、売りものじゃない?」  擬人化の香水の隣に、ベージュ色の髪の毛が入った瓶があった。値札はついていない。 「ああ、そうだね。私がもらったものだよ、遠い昔に」  瓶に鼻を近づけると、ふわっと、よく知ってる香りが漂ってくる。 「俺が生まれてないくらい昔?」 「ああ、そうだね」  ヴェルメイユはすぐに頷く。 「……あの瓶、天使の匂いがする」 「おや、そうかい? 擬人化の香水がなくなったらちゃんと来なよ、ハーフは擬人化しても悪魔の匂いが消えないんだから」 「わかってる。また来るよ。ありがとう」  しっかりと頷いてから、天馬は後ろを向いて店を出て行った。

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