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3話 おかしな関係性の親子
それから五分ほど歩いた先で、天馬は煤で黒ずんだ屋根と壁の家の鍵を開ける。
「ただいま」
「お帰りなさい、天馬……きゃあ! な、その子、どうして血まみれなのよ……?」
ドアを開けると天使のユリシアが玄関まで来て、ルイの両手を見ていった。
肩まであるプラチナブロンドの髪は透き通っていて、手足は細長い。まつ毛は影が落ちるくらい長くて、垂れ下がった瞳が美しい。
背中から広がる翼は、ウエディングドレスのレースのように繊細で、光を透かして淡く輝いている。
「おばさん、落ち着いて。これは返り血。この子、リヴィアの弟なんだ。親に暴力振るわれて、家出して路頭に迷っていたみたいだったから連れてきた。しばらく、ここにいさせてもいい?」
「そうなの? 私は構わないわよ。でも、おじさんが何ていうか……」
ユリシアが顔を伏せる。
「お姉さんは、天馬のお母さん?」
「……いや、母さんは俺が三歳の時に亡くなった。この天使さんは母の双子の姉、ユリシア」
「ユリねえって呼んでいいわよ」
「もう姉さんなんて歳じゃないだろ。――いった!」
ユリシアに背中を勢いよく叩かれ、天馬はつい声を上げる。
「え、おばさんいくつ?」
「どう見える?」
ルイの目の前にしゃがみこんで、ユリシアは首をかしげる。
「……ルイ、これでも八十年は生きているから。俺の四倍以上」
「え! 二十歳くらいだと思った!」
ルイの素直さに苦笑する。
「ルイ君は良い子ねぇ。誰かさんとは大違い」
ユリシアはルイをぎゅっと抱きしめ、頬を緩ませる。
「はいはい、どうせ俺は問題児です。……おばさん、父さんはもう帰ってる?」
天馬がそういうと、ユリシアはすぐに姿勢を正した。
「ええ、今はお風呂よ。狩りで汚れた身体を洗っているみたい」
「……そ。いつも通りならいい」
作り笑いをして、天馬はいう。
「ええ、相変わらず無口よ」
無口なんて言葉ではとてもいい表せない気がする。
――母親が死んでから、天馬と天馬の父親は一度も会話をしていない。いや、正確には父親が天馬に話しかけてくれなくなった。
母さんは、狩りから帰ってこなかった父さんを探しに行った際に、警察か悪魔かに殺された。父に会えないで、命を落とした。それなのに、そういう関係になってしまった。
「天馬?」
ルイが首をかしげて、天馬を見る。
「ああ、ごめん。なんでもない。おばさん、タオルある? ルイの痣冷やしたいんだけど」
「そ、そうよね! 待ってて、すぐに用意するから」
そういってユリシアは後ろを向く。そのまま歩いて、ダイニングに繋がるドアを開け、中に入って行く。天馬とルイもユリシアの後を追ってドアの奥へ行く。
ダイニングの奥には、銀色の髪をした、天馬の父親がいた。黒いシャツに白いズボンを履いていて、瞳は鬼のように吊り上がっている。肌は雪よりも白く、触れれば凍りそうなほど冷たく見える。まるで血が通っていないようだ。
髪は腰あたりまで伸びていて、背中からはルイや天馬の翼の二倍は大きくて、鋭い翼が生えている。空気ごと凍らせるような気配を纏っている。翼の端が触れただけで、人を殺せそうだ。
「……ただいま、父さん」
父親は天馬とルイを一瞥してから、口を開く。
「ハーフのお前に純血の世話なんてできるのか」
十年ぶりに話しかけてくれた。心のどこかでずっと願っていた。父さんに、もう一度だけでも声をかけてもらえたらって。
「やれるだけやってみるよ。今帰らせるのはルイのためにならないと思うから」
「好きにしろ。お前が拾ったなら世話はしない」
だよな。
「わかってる」
「わかってるじゃないでしょ! こういう時は家族で協力しないと!! ていうかおじさん、十年ぶりに天馬と会話したと思ったら、ハーフのお前にって……謝らないだけならまだしも、せめてお帰りくらいいえないの?」
ユリシアが声を上げて突っ込んだ。
「おばさん、いいから」
「何も良くないわよ!!」
天馬を見てユリシアはさらに声を上げる。
誰かが自分のために怒ってくれていたことなんて、生まれてからあったっけ? ……多分これが初めてだ。胸の奥に、小さく火が灯る。
おばさん、血の繋がりないのにこういうところは母親みたいなんだよな。
「ありがとう。でも俺は大丈夫だから」
作り笑いじゃない。本当に大丈夫なんだ。むしろ嬉しい。やっと話してもらえたから。
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