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4話 悪魔界のリゾット

「その痣、冷やすんだったわよね。ちょっと待ってね」  お風呂場から濡れたタオルを持ってくると、ユリシアはルイの頬にそれを当てる。 「いっ……」  ルイが顔をしかめてしまう。 「痛いわよね……全く、リヴィアのお父さんの暴力性も困ったもんだわ」 「……俺が悪いから。動物殺せなかったし」  ルイが下を向いてしまう。 「え、ルイ君って十六歳なの? それにしては随分翼が大きいのね」 「俺、『身体ばかりでかくなって、心が成長しなかったら意味ない』って、父さんにいわれて、姉ちゃんはすごい怒ってくれたのに、何もいい返さないで出てきたんだ。その通りだから」  天馬はルイの頭を撫でる。  亡骸を埋めながら泣いている子が、何も成長してないわけない。 「天馬?」 「その通りじゃない。ルイは絶対、強くなれる」 「……そうだといいな」  口角を上げたルイを見て、天馬も微笑む。 「さ、ルイくん……お風呂入ろっか? 痣のところ以外は自分で洗えるわよね?」  血が付いたルイの両手と、握られている香水についた血を拭きながら、ユリシアは首をかしげる。 「え、入っていいのか?」  ルイが天馬を見る。 「もちろん。服は俺のものを貸すから。少し大きいかもしれないけど」 「わかった!」  よかった。嬉しそうに頷いてくれた。天馬はすぐにルイを脱衣所まで案内する。 「……ルイくん、いい子すぎて逆に心配になるわね。家帰ったらまた暴力振るわれるかもしれないのに、お父さんに謝られたらすぐに帰っちゃいそう」  脱衣所から出てきた天馬を見て、ユリシアは心配そうに頬杖をつく。 「ああ……だから家に来るっていったんだ」 「そう。天馬、優しいのはいいことだけど……純血の悪魔と仲良くなりすぎたらダメよ。天馬とは住む世界が違うんだから」  背中から生えている片翼を触られ、天馬は顔をしかめる。 「んっ……わかってる」  ルイの翼より小さくて鋭くとがったそれは、自分がハーフなのを思い出させる。 「ならいいけど、今日、ご飯どうするの?」  翼から手を離して、ユリシアはいう。 「私、天使向きの料理しか作ったことないわよ? 天馬は全然そういうのも食べれるし、おじさんは自分で用意するから」  ああ、そうだった。  天馬は慌てて、ダイニングの前にあるキッチンに行った。  冷蔵庫を開けて、つい口をへの字に折り曲げる。  卵に豆腐に野菜、それにユリシアが天界から持ってきた粉や薬草しかない。  天使用の料理は、人間の食べ物を天使向けに調整したものだ。豆腐や餅に天使が好きな金色の甘味の粉をかけたり、オムレツや卵焼きなどの卵料理には浄化の成分が入った薬草を入れたりする。  ユリシアが天馬の後を追ってそばに来る。 「ルイが食べられるものないな」  ――ガタッ。  ダイニングテーブルの前に置かれた椅子に座っていた父親が立ち上がる。 「父さん?」  人間の血と肉をジューサーで溶かした飲み物が入ったタンブラーを、父親は持っていた。天馬のそばに来て、父親はタンブラーを開ける。 「あいつ、動物の肉は食えるのか?」 「まだ食えない。でもいつか、食べなきゃいいけないのはわかってると思う」 「それならこれに、人界の米や野菜を混ぜて暖かいリゾットにでもしてみろ。全部は使うなよ」  タンブラーを天馬に渡してから、父親はまたダイニングの方へ行く。 「え、いいの?」 「おじさんが協力するなんて!」  父親が振り向く。 「純血が天界のものを食べて弱ったら困るだろう。子供の時の食事が偏っていると、純血は強くなりにくいんだから」  ――ああ、そういうことか。  世話に協力したというより、純血の子孫を残すために貢献したって感じなのか。 「あーそうですか。やっと父親の自覚を持てたのかと思った私が馬鹿でした」  ユリシアは不満そうに腕を組む。怒っているように見える。 「おばさん……そういうこといわなくていいから。少しでも助けてくれるだけでありがたいし」 「……そう? えっとお米は……」  戸棚から米を取り出すと、ユリシアはそれを炊飯器に入れてご飯を炊く。  炊けたところで、天馬は鍋にタンブラーの中身と野菜と白米を入れて茹でる。 「うっ……この匂い、やっぱり苦手だ」  鉄のようなスープの香りが漂ってきて、天馬はつい鍋から顔を遠ざける。 「そう? 天馬も食べてみたら? こういうのだったら、人肉と違って抵抗なく食べられるんじゃない?」 「俺はいいや。おばさん、後よろしく。服とってくる」  おたまをユリシアに渡して、天馬は廊下へ向かう。 「はあ……あまり天界の物ばかり食べていても強くなれないし、このままじゃいつか困ると思うんだけどな」 「あいつにはあいつのペースがある」  父親のその声を聞いてから、天馬はドアを開けた。 「俺のペースか」  階段を上って、自室に行って鍵を閉めてからドアにもたれかかる。今日の父さんはいつもより優しくて、つい頬が緩んでしまう。ルイが来てくれたおかげかな。これからはいつも、こうやって少しずつでも会話ができるといいな。

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