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5話 寂しがり屋たちの夜

「これ、何の匂い? 美味そう」  天馬のTシャツを着たルイが脱衣所から出てくる。  やっぱり大きいのか、袖に覆われて手が隠れている。 「ルイ、手出して。それじゃあ動かしにくいだろ」  ルイのそばに行って天馬は服の袖を折る。 「ありがとう」 「天馬特製のリゾットの匂いよ」  キッチンにいたユリシアがおたまでリゾットをすくい、皿の上に置いてくれる。  そのまま、皿をテーブルの上に持ってきてくれる。さらにユリシアは椅子を引いて、ルイに座るようにいってくれる。 「天馬は天界のオムライスでいいでしょ?」 「うん。ありがとう」  ユリシアが台所にあるオムライスがのった皿を二つとって、テーブルに持ってくる。テーブルの上には、人の腹肉がのった金属皿も並べられている。 「うっ……食欲なくなる」  天馬は思わず口を覆いながら、椅子を引いて腰を降ろす。 「いつか、お前も嫌でも食べるようになる」  父親の声を聞いてつい顔をしかめてしまう。そんなことは絶対に起きないで欲しい。  腹肉にそそられて、ルイの口からよだれが垂れている。 「ルイ、リゾット食べな」 「うん」  天馬の葉に頷いて、ルイはスプーンでリゾットをすくう。  ユリシアも席に着いた。  ルイを囲むように、天馬とユリシアと天馬の父親は座っている。まるで尋問みたいだ。 「……気まずい」  ルイが天馬を見ていう。 「はは。……確かに話すことないよな」  ルイを見て天馬は苦笑いする。 「天馬のお父さん、怒ってる?」 「いや……あれが正常」  天馬の父親は一言も言葉を発さないで、黙々と肉を食べている。そんな父親を見て、ユリシアはため息をつく。 「これ、美味しい! ホカホカで柔らかくって!!」  ルイの言葉を聞いて、天馬はつい顔を伏せる。  悪魔としての味覚が正常に働いている。でないと、人の肉と血でできたスープが美味しいなんていわない。 「……それならよかった。いくらでも食べていいからな」 「うんっ!」  笑いながら、ルイはどんどんリゾットを口に運んでいく。  笑ってくれてよかった。でも――美味しいというルイを見るたびに、心の奥が少しざらつく。  天馬は黙って笑うしかなかった。  食事はなんとか形になった。  次は――寝床だ。とりあえず自分の部屋のベッドでいいとは思うんだけど、自分と一緒に寝るわけにはいかないよな。自分は床に布団敷いて寝るか。 「ルイ君、寝るのは天馬のベッドでいい?」 「うん。天馬、一緒に寝よー?」 「えっ……二人じゃ狭いだろ」  ルイを見て、天馬は首を振る。 「姉ちゃんとはいつも一緒に寝てたけど? ダメだった?」  ルイが上目遣いで見上げてくれる。天馬は思わず視線を逸らし、ため息をつく。 「……はぁ。わかった。一緒に寝る」  小さく頷いて、天馬は肩をすくめる。  おねだりには勝てない。 「やった!」  嬉しそうに笑うルイを見て、天馬は頬杖をつく。しばらくなら、こういうのも悪くないかも。 「……天馬と会う前は、姉ちゃんとネロと一緒に寝てたんだ」  ベッドに並んで横になっていると、ルイがぽつりと呟く。  あの殺された犬か。今でも、胸の中にぽっかりと穴が開いているのかもしれない。 「ああ、あの犬か……」  返事をしながら、天馬はルイの横顔をちらと見る。 「天馬も、誰かと一緒に寝てた?」 「いや……ルイが来るまで、ずっと独りだったよ」 「……本当に?」  疑わしそうに首をかしげるルイを見て、天馬は苦笑する。 「……ルイと同い年くらいまでは、おばさんと寝てた。独りは怖かったから」 「ユリねえと? お父さんとは寝ないの?」  天馬はつい、髪を掻いた。 「あーうん。父さんとはずっとあんな感じだからな」 「なんで? 天馬とお父さん、喧嘩中?」 「いや、喧嘩したとか嫌われてるとかじゃない。ただ仲良くするにはもう少し時間が必要なんだ」  本当のことはうまくいえない。自分でもまだ、この関係がよくわかっていないから。 「よくわかんない」 「そうだよな」  でもきっとそうなんだ。今すぐ仲良しに戻るのは無理だ。 「……俺も父さんと仲良くなるには、時間が必要かも」 「あの暴力男とは仲良くしなくていい。また痣ができる」  自然と声がきつくなる。あんなやつとは――と、口に出しそうになるのを必死で天馬は堪える。 「したいよ。父さんは父さんだから」  ルイの頬をそっと触って、天馬は笑う。 「そうか。ルイは良い子だな」  少しだけ胸が痛い。  不意に、ルイが天馬の右手を両手でぎゅっと握る。 「ルイ……?」  返事はなかった。代わりに、小さな寝息が静かに響く。  何かを握って眠りたかったのか。  もしかしたら、家にいたときもネロの前足や耳を握っていたのかもしれない。 「寂しいんだな……」  天馬はルイの頭にそっと手を置き、髪を撫でた。

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