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7話 異端者たちの夜

『お前といたら俺は不幸になる。もうお前とは話さない』 『嫌だ、待って、ノア!!』  また、幻聴が聞こえる。  幼い自分の声まで聞こえてくる。  やめろ。  胸の奥が抉られるように痛む。 『何で俺、ハーフのお前なんかと一緒にいたんだろ』  黙れ、ノア。 「はあ……はぁ……」  息ができない。 『生まれ変われるなら、絶対にお前なんかと仲良くしないのに』  うるさいんだよ! 「……天馬?」 「触るな!!」  柔らかないつもの声。どす黒く染まった思考の中に、ほんの少しだけ光が差す。  それでも恐怖がひどくて手を振りほどいてしまう。振り向いたら、ルイと目が合ってしまった。 音もなく近づいていたのか、肩を掴まれるまで気づけなかった。身体が硬直する。 「あ、ルイ……ごめ……わざとじゃ」  ルイは何もいわず、天馬を抱きしめてくれる。小さな腕なのに驚くほど暖かくて、震えが少しずつ止まっていく。心の奥で響いていた声も、少しだけ遠ざかっていく。 「大丈夫、わかってる」  震える手を動かして、天馬はルイの腰に手を回す。 「ルイ…‥何もされてない?」 「うん。姉ちゃんが父さんを止めてくれたから。天馬……痛くない? 殴られてたよな」  天馬の頬を触り、ルイは首をかしげる。 「大丈夫。ほっとけばそのうち治るから。先に逃げてごめん」 「ううん、気にしてない。でも天馬、父さんじゃない誰かを見ているみたいだった」  無駄に勘が鋭くて困る。  ルイの背中から手を離すと、天馬はばつが悪そうに頭を掻く。 「……本当はおばさんと寝たことなんて一度もない。子供の頃は、人間の警察に両親を殺されて独りになっていた純血と寝てた」  「……友達?」 ルイの言葉を聞いて、天馬はつい拳を握り締める。 「……そう思っていたのは俺だけかもしれない。おばさんは親に恵まれてない俺達を勝手に家族にした。同い年で身長も力も同じくらいだったから、あいつはずっと俺と一人前になれると思ってくれてた。でも俺はずっと片翼のままで……ある日、アイツにいわれたんだ。『ハーフと一緒にいたのが間違いだった』って」  両手で頭を抱えて、天馬はしゃがむ。 「え、ひどい」  ルイは隣に来て、天馬の頭を撫でてくれる。 「ひどいのは俺だ。あっちは俺を信じてたのに、ハーフって知ったら捨てられると思ってずっと黙ってた。信頼を裏切ったんだ、俺は」  天馬はふるふると首を振る。全身の震えが止まらない。ノアのことを思い出すと、いつもこうなる。 「でも天馬はいうのが怖かったんだろ」 「うん。でも話していたら……ノアに一緒にいる価値もないなんていわれることなかった」  今でもノアのことは思い出すと胸が痛くなる。悲しすぎる、嫌な記憶だ。 「そんなのノアが間違ってる。……相手がハーフでも、一緒にいるのが心地良いならそばにいた方がいい。ノアがおかしい」  そうなのか? 「……わかんない。そういうの。翼が変わってるのは俺だけじゃない。警察に撃たれて掛けた奴や生まれつき片方だけ小さい奴もいる。だから俺もそういう奴と勘違いされることもあるんだ。……でもみんな、ハーフだとわかった途端すぐに離れていく」  まるで手のひらを返すみたいに。 「なんでみんな天馬の中身を見ないんだよ」  天馬は頭にあるルイの手を振りほどいてしまう。 「知らねぇよ! 異端なんだよ、俺は。ずっとそういわれてきた。友達だからって離れなくても、さっきみたいに親が引き離そうとする。……狩りでハーフを守って命を落としたり怪我をしたりしないために」  ルイは唇を噛む。 「そんなのって……」 「ひっどい話だろ。でもそうなんだ、誰も俺のそばにいようとしない。実の親と親戚以外は」  ルイを見ながら天馬はもう一度口を開く。 「何もかも知っているのに離れようとしないで、それどころか馬鹿みたいに懐くお前の方がおかしいんだよ」  ルイはぎゅっと、天馬の腰を握る。 「それでも……そんな理由で天馬が独りになるなんて嫌だ」 「ルイ……」  ルイの頬を触り、天馬は笑う。 「俺が誰と一緒にいるかは俺が決める。ハーフかなんて関係ない。天馬だから俺はそばにいる」  天馬の瞳から涙がこぼれ落ちる。天馬は突然、くしゃっと頭を抱えた。 「ハハ、何だそれ! 馬鹿じゃねぇの。……でもありがとう。嬉しい。俺、友達なんてルイだけでいいや」  ルイの肩に寄りかかり、天馬は呟く。 「でも……ルイみたいな考えの奴がたくさんいたらいいな。楽しそう」  ルイは首を振る。 「俺は嫌だよ? そういう人がたくさんいたら。だって天馬は、俺の親友。俺の兄さんだもん」  どうしてこんなに純粋なんだ。  天馬は何もいわずルイを抱きしめる。 「わっ、天馬?」  暖かい。家族以外の温もりに触れて安心したのはいつぶりだろう。もしかしたらノアと一緒に、ベッドで寝た時以来かもしれない。 「……お前本当にバカだろ? ハーフと仲良くしているせいで、友達に何かいわれても知らねぇぞ」  この言葉で離れるならそれでいい。友達の裏切りなんて、もう何度も味わったんだ。また裏切られても辛くない。嘘だ。本当は辛い。でももう辛くないふりをするのは慣れてる。 「そんなの好きにいわせとけばいいよ」  ルイの手のひらをぎゅっと握る。 「離れるなよ。もう誰にも嘘つかれたくない。裏切られたくない。……そばにいるなら、死ぬまでいて欲しい」  いつの間にか身体が震えていた。きっとまた、あの時みたいに裏切られたらって思っているからだ。ノアとルイは違うのに。 「うん、そばにいるよ」 「んっ……ありがとう」  背中を撫でてから、ルイは天馬の腰に手を回してくれる。  「なあルイ……今日、家帰んなくていい? 怪我、父さんとおばさんに見られたくない」 「じゃあ、ここでキャンプでもする? 魚とか木の実焼いて食べよう」  予想外の提案に驚く。 「……それいいな。ここで野宿しようぜ」  反対しないルイを見て、天馬は口角を上げる。  心地いいな、ルイといると。安心するし、気が抜ける。

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