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8話 便利だね
「じゃあ俺、案内するよ。美味しい魚がいる川知ってるんだ」
ルイは天馬の服の裾を引っ張りながら歩く。
「なんでそんなの知って……あ、音が聞こえる」
水の音が北の方から聞こえてくる。あたりは緑で生い茂っていて、雑草や花や木がたくさんだ。だから川があるとはとても思えないのに、しっかり聞こえる。
「まだ天馬に、声かけられてない時に見つけたんだよ。あの時は、食料自分で用意しなきゃだったから」
そっか……犬の死体を抱いて、何日も森で過ごしていたんだもんな。
「行こう? 天馬」
足早に歩くルイの後を慌てて追う。
「わっ……綺麗だな」
そのまま五分くらい歩くと、数メートル先に透き通った川が見えた。水中にはおたまじゃくしがいる。
「魚本当にいんの?」
見えないな。まさかおたまじゃくしのことじゃないよな。
「いるよ。ほら、あれ!」
その時、銀色の魚がぬるりと姿を見せた。
身体は一人前の悪魔の前腕ほどあり、銀の鱗が太陽に反射してギラついている。背びれはのこぎりのようにギザギザで、水を切るたびに鋭い線を描く。ひと目見ただけで、普通の魚ではないとわかる。
「……なんだ、コイツ。サメか? 怖っ」
天馬が目を見開く横で、ルイは口の端を上げて小さく笑う。
「天馬、見てて」
ルイの指先が光っている。次の瞬間、ルイの指先に紫色の火の玉が出現した。
え、火って赤や青が大半なのに、紫? 予想外の色だ。
魚に向かって、ルイが火の球を投げる。魚はそれをすばやくよけた。
「え、ちょ……待って! うわっ?」
慌てて魚を追おうとしたルイが、躓いて転ぶ。痛がる様子はないから怪我はしてないみたいだけど、全身がずぶ濡れだ。
「はは、ダサ。ルイ、ちょっと待ってろ」
天馬は靴とズボンを脱いで川の中に入ると、水に手を当てて、手のひらに魔力を込める。次の瞬間に川全体に火花ができ、魚は慌てて逃げる。
「天馬、ナイス!」
驚いて乱れた泳ぎをしている魚に、もう一度ルイは火を放つ。魚が倒れた。
「おー、死んだ死んだ。やったな」
そういい、天馬は魚を掴む。
背びれがギザギザなところがやっぱり気持ち悪くて、天馬は思わず目を細める。
「これ、本当に美味いのか?」
ルイは身体を震わせて、自分の身体を抱きしめる。
「美味いって。は、はくしょん!」
「大丈夫か? ルイ、服脱いで焚き火して温まろう」
魚を川岸に投げて、天馬はルイに近づく。
「天馬」
「ん? うわっ? お前この野郎!」
首をかしげた瞬間、顔に水を掛けられた。
「俺だけずぶ濡れじゃ不公平だろ?」
笑いながら、また水をかけてくる。
「お前が転んだだけだろ!」
天馬もルイに向かって水をかける。
そのまま、天馬とルイは何十回も水をかけあう。
「はあはぁ……さすがに寒い。もう勘弁。上がろうぜ」
濡れたシャツを脱いで川岸に投げてから、天馬は川を上がる。ルイも服を脱いでから川を上がる。
魚を串刺しにしたくて、天馬は近くにあった枝を拾い、川で洗う。
「あー寒っ」
天馬が震えていると、ルイがそばに来て肩をくっつけてくれた。
「まだ寒い?」
「少しあったかいな」
天馬がルイの背中を撫でる。お互い濡れていても、そばにいれば少し寒さがマシになる気がする。
「ルイ、俺、枝とか燃えそうなもの火花で落とすから、それ使って炎でかくできる?」
「うん、いいよ」
魚と服を持って川から離れると、天馬は空いている方の手で木を触る。
木の枝の周りが赤く光り、ぱちぱちと音を立て、枝が三本落ちる。
「天馬のその炎、便利だね」
枝が十本ほど落ちたので、木から離れた天馬を見てルイは笑う。
「んーこういう時はな。戦っている時はこんなの視界を鈍らせることしかできねぇし、役に立たないけど。ルイの紫の火の方がよっぽどいいだろ。さ、燃やして」
ルイが枝を触ると、紫色の火が現れ、あたりを明るく照らす。
「あったけー」
火のそばに行くと、天馬は服を足元に置いてから座り込む。そして、持っていた枝を刺して、魚を焼き始める。
「これ……何分くらい焼いたら美味いのかな。……つか、ルイが転んだせいで一匹だし。絶対足りないだろ」
「俺のせい?」
「お前、純血のくせに狩り下手なんだよ」
天馬の言葉を聞いて、ルイは頬を膨らませる。
「ふ、ごめん。本当に足りなかったら後で木のみ探し行こうぜ」
「うん! あ、焦げてる! もう食べれるかも」
魚の皮がぱちぱちと弾けて、香ばしい煙が上がる。
「そうだな……これ半分にしていいか?」
「うん。楽しみー!」
ちぎると、天馬は半分をルイに渡す。
不審に思いつつも口を開けて食べてみると、皮はぱりぱりとしていて、身は柔らかかった。口の中でとろける。
「なんだこれ。うっま! 超やわらかいんだけど!!」
「だからいっただろ?」
ルイが得意そうに笑う。
「ね、天馬……他にできる魔法ある? 見たい!」
「ええ……だから俺の魔法は何の役にも立たねぇよ? まあ見て楽しむことはできるかもしんねぇけど」
魚を食べきると、枝を地面に投げてから、天馬はいう。
「じゃあして!」
「ん」
指から出した火を天馬は空に向かって放つ。火は宙を舞い、赤い花を咲かせる。
「え、なにこれ? 綺麗!」
「人間界の奴らは花火っていってた」
「他には?」
瞳をキラキラさせて、ルイは首をかしげる。
「ええーまだやんのかよ。ちょっと待ってくれるか? できるかわかんねぇから」
そういうと、天馬はルイから離れる。足元を見ながら、森を歩く。
「お、あった」
しおれた花の前で、天馬は足を止める。
「それ、どうするの?」
しゃがみこんでいる天馬の肩をルイが叩く。
「ついてきたのか? ……こうすんだよ」
天馬が花弁に触れると、花は白い光を放つ。そして、息を吹き返すように再び青い薔薇が咲く。
「え、嘘! 生き返った!!」
目を見開いて、ルイははしゃぐ。
「そ。……役に立たないだろ?」
自虐みたいにいう天馬を見て、ルイは頬を膨らませる。
「役に立つかなんてどうでもいい。俺はその魔法好きだし、便利だと思うよ」
「……ありがと」
ルイの頭を撫でて、天馬は笑った。
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