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12話 血を吸って生きるか、死ぬか
「楽しかったのにな」
歩きながら呟く。
生まれて初めて、魔法を使うのが楽しいと思った。それなのに熱に侵されてあと一年で死ぬなんて馬鹿みたいだ。どうせ死ぬなら、いっそ自殺でもして、病に支配される前に死んだ方がマシだな。そうすれば、またルイに看病してもらうことにもならないし。
「……でもそんなの誰も許してくれないか」
ネガティブすぎる思考に苦笑する。
「俺がルイやノアみたいだったら、いつでも笑えたのにな」
上を見ると、視界に入った城を天馬は睨みつける。城の窓が開き、そこから悪魔が出て、近づいてきた。ヤバ、睨んでたの気づかれた?
「うわ。誰が見上げてると思ったら、……半端かよ」
聞き慣れた、ずいぶん懐かしい声が頭上で響く。
「……ノア?」
灰色の髪はところどころに血のような色をした赤いメッシュが入っていて、手足は細長い。肌は雪のように白く、爪先は人を人撫でて殺せそうなくらいとがっている。そして背中には、ルイの翼の二倍はある両翼が生えている。
「ああ、元お前のノアだよ。よう、裏切り者」
「……っ」
天馬はつい、唇を噛んだ。
「最近、純血の子守してるらしいな? リヴィアから聞いた。……ちゃんとできてんのか? 大変だろ? 狩りも飛ぶこともできないお前が、そいつのために命を調達するのは」
「……俺じゃなくて、父さんが調達してる」
「はは、そりゃあそうか。お前、悪魔のくせに何の役にも立たないドクズだもんな?」
ノアは目を見開いた後、とても愉快そうに牙を出して笑う。
「ドクズ?」
「ああ。飛べない殺せない、役にも立たないじゃ、ゴミ以下だろ? 早く死んでくれよ。そうすれば、みんな喜ぶからさ」
こんなことをいう奴が親友だったのかと思うと、無性に腹が立つ。もう忘れようとしていた親友に酷い暴言を吐かれたのがきつくて、涙が溢れる。天馬は何もいわず、その婆を去ろうとする。
「おい待てよ。別れの挨拶も無しか? 随分変わちまったんだな」
「変わったのはお前だよ、ノア。俺はあの時から何も変わってない。片翼で、弱くて飛べない悪魔のままだ」
突然、背中に衝撃が走った。
「ガハ……ゴホゴホッ」
蹴られた……?
「誰のせいで変わったと思ってんだ。お前と長くいたせいで同級生と力量の差ができてい
たから、誰かに優しくするのなんて忘れるくらい、必死で埋めたんだよ」
ノアは天馬を睨みつける。
「そうか……悪魔界の王に、なれるといいな」
城には悪魔界の王と、その血縁と次期王候補しかいない。ノアは血縁ではないから、きっと後者だ。
「なる。現状だと俺かルイのどちらかが有力っていわれてるし」
王は一番強い悪魔だけがなれる。血縁だろうれとそうじゃなかろうと、男だろうと女だろうと、強ければいい。
「……本当に強くなったんだな」
「誰かさんと違ってな。なぁ天馬……あの時のお礼させろよ」
翼を撫でられ、耳元で囁かれる。
「お礼……? ひっ、何……ぎっ、やめ……ぎゃああぁ!!」
噛まれて、翼の大半を引きちぎられた。ポタポタと床に赤黒い血がこぼれ落ちる。痛い。血が止まらない。
「昔から気に入らなかったんだよな。飛べないくせに、元王候補の息子なせいで、やけにでかいその翼だけは」
身体から力が抜けていく。意識が朦朧として、天馬は頭から地面に突っ込む。
「う……いっ?」
慌てて起きあがろうとすると、ノアに腕の甲を踏まれてしまう。
「そのまま眠ってろよ。楽になれるぜ?」
それって、死ぬって意味だろ。でも確かに、ここで死ねばもう誰にも迷惑かけないで済むし、死んでもいいかもしれない。
「お、急に大人しくなった。そうそう。流れに身を任せちまえよ。大丈夫、ちゃんと埋めてやるから」
その言葉を聞いた瞬間、ルイが泣きながらネロを埋めていた姿が頭をよぎった。踏まれていない方の手で、ノアの足を掴む。
「どかせ……俺が死んだら泣く奴がいるんだよ」
そうだった。俺がどんなに自分は無価値だって、何の役にも立たない魔法だっていったって、『死んだら悲しい』って、『便利だね』っていう奴がいるんだ。それなのに、自殺しようなんて、殺されようなんて思ったらいけない。
「へぇ? 生きるのも死ぬのも迷惑なんだな、お前」
そういうと、ノアは足をどかし、翼をはためかせて城に向かって行った。
待ってて、ルイ。……きっと帰るから。地面に手をついてどうにか立ち上がり、おぼつかない足取りで歩く。痛みと涙で視界がぼやけて、まっすぐ進めない。足に石がぶつかった。あ、ヤバい。視界がぐらっとかたむいてしまう。誰かが身体を支えてくれた。頭の方をルイに、腹の方を父親に支えられている。
「天馬……翼が」
ルイが泣きながら天馬の翼を撫でる。天馬は何もいわず、ルイの頭を撫でた。
「全く、家にいればいいものを」
ため息をついている父親の言葉を聞いて、天馬は意識を手放す。
目を覚ますと夜で、窓の方を見ると雪が降っていた。
「おばさん……? 朝はごめん」
ベッドの前に置いた椅子に座っているユリシアに、天馬は声をかける。
「……もういいわ。ルイくんから、ボロボロでもちゃんとうちに帰ろうとしてたって聞いたし。もう天馬が死んでも誰も喜ばないってわかったんでしょう?」
「うん。……俺、もうこれじゃあ仮に魔力が戻っても魔法使えないな。腕を少し動かすだけで翼が痛いし」
ユリシアは悲しそうに下を向く。
「ねぇ天馬、もし魔力が戻る方法があるっていったら、どうする?」
「え、ないんだろ?」
「……天馬は大人の悪魔からは魔力を多くもらわない方がいいっていったでしょう。でもね、子供の悪魔からはたくさんの魔力をもらっても身体に悪い影響が起きないかもしれない。絶対にそうとはいい切れないけれど」
天馬の翼に包帯を巻きながら、ユリシアは呟く。
「子供って……ルイの血を吸えってことか? でも俺に影響がなくても、ルイにあったら………っ」
「ええ。よくいうわよね、血を吸われた悪魔は一人前になれないって。でもきっと、ただの迷信よ。関係ないわ」
そうなのか?
「何で俺、何かをもらわないと生きられないんだろ」
「辛いわよね。でも生きたいなら、吸うことも考えなさい。でないと、このままじゃきっと半年も持たないわ」
そっか。翼の傷が重症なせいで、身体が魔力がないのにどうにかして魔法で翼の傷を癒そうと考えてしまうから、無駄に体力を消費して身体が弱っていくのか。
「……わかった」
小さな声で、天馬は頷いた。
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