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13話 悪魔の血を吸って、生きる

「天馬、寝ないの?」  ベランダで月を見ていると、ルイが窓を開けてそばに来た。 「寝れないんだ。翼の痛みがひどくて。容赦ないよな、ノア」 「会ったの?」 「久しぶりに会ったと思ったらこれだ。ハーフなの隠してたお礼なんだって」  ルイはじっと下を見ている。唇を噛んでいるのかもしれない。 「やっぱりあいつ、おかしいよ。俺だったら絶対にそんなことしない」 「はは、だよな。ルイと父さんが来なかったら、きっと俺死んでたし。……殺すつもりだったんだな、きっと。恨みって怖いな」 窓の近くに置いてあったプレーンジュースを飲んで、天馬は笑う。 「その匂い、嗅いだことない」 「プレーンっていう、人間界で血が多いっていわれている食べ物をとかしたジュース。甘いよ」 「俺も飲んでいい?」  ルイがコップに顔を近づける。 「ん、ほら」  コップをルイの口のそばに持っていく。 「あっま!!」  飲んでから、ルイは笑って叫んだ。  ふと思いついて、天馬はベランダにある枯れた植木鉢に触れてみる。 「はは、やっぱり咲かない」 「……この前は、すごく綺麗に生き返ったのに。天馬、もう二度と魔法使えない?」  天馬の手に触れて、ルイは首をかしげる。 「……ルイ、もしもお前の協力で俺の魔力が戻るとしたら、どうする?」  ルイの瞳がパッと輝く。嬉しそうに見える。 「戻る方法あるのか? それなら俺、なんでもする!」 「……いや、方法はない。ありがとな」  ルイに出会って初めて、嘘をついた。 生きててほしいって思ってもらえて嬉しかった。でも、嫌われ者になんでもするという、優しい子に傷をつけてまで、生きながらえたくない。 「はぁ……さむ」  空気を入れ替えたくて窓を開けると、風で母親譲りのベージュ色の髪が揺れた。  秋の風は少し冷たくて、思わず声が出る。 「天馬、風邪ひく」  天馬の背中が急に暖かくなる。  何かと思って後ろを向くと、ルイが真後ろにいて、天馬の背中には、畳んだ毛布がかかっていた。 「ああ、かけてくれたのか。ありがとう」  頭を撫でたら、ルイが頬を触ってくれた。手の温もりが暖かくて、つい笑みが溢れる。触ってもらえて嬉しいな。 「ねぇ天馬、本当に生きる方法ないのか? 俺、嫌だよそんなの」  ルイが泣き出してしまった。とても悲しそうだ。  翼がもげてから、一週間ほどが経った。あれから、天馬は弱っていくばかりだ。 「やっぱりユリねえから」  天馬は慌てて首を振る。 「ルイ、それはできない」 「でもこのままじゃ天馬が!!」  ルイが天馬の肩を勢いよく掴む。振動が伝わって、翼の傷が痛む。 「……そうだな。永くて半年っていわれてる」  そのままルイは、細くて小さい腕で天馬を抱きしめる。寂しいし、悲しいんだろうな。 「なんで、俺まだ天馬といたい」  ……ルイはきっと、自分に依存している。親に邪険に扱われて、姉にも守ってもらえなかったから。自分を親か、あるいはそれ以上の存在だと思っている。血も繋がっていないのに。  悪魔と天使の友情も恋愛も、悪魔界では御法度なのに。そのせいで天馬の母さんは、悪魔界で暮らすのを猛反対されたらしい。ユリシアだって、反対された。 誰かに寄りかかれるのは、頼りたい、頼れると思う人がいるのは悪いことじゃない。でもそれが自分なせいで、こんなことになるなんて思ってもいなかった。もう隠すのは、無理かもしれない。 「……ルイ、俺に傷つけられて一人前になれなくてもいい?」 ルイが目を丸くしているよう見える。急になんだと驚いているのだろう。 「え?」 「……魔力のないハーフは、子供の悪魔の血を吸って魔力を分けてもらわないと、生きられない。でも吸われた子供は、一人前の悪魔になれないらしい。迷信だっていう奴もいるけど、真実はわからない」 ますます目を見開く。 「……」  沈黙が怖い。 「ルイ、やっぱ今の聞かなかったことに……んっ?」 気がついたら、ルイの唇が自分の唇と重なっていた。息ができない。 「天馬、今から俺が何しても、騒がないで」 「ん、んぅ」  舌に気を取られている隙に、片手で、両手の首を掴まれた。 「え、ルイ? 何す……おいっ?」  次の瞬間、ルイは二の腕に、黒くて切先の鋭い爪を突き刺した。爪を抜いた傷口から、真っ赤な血が溢れ出して、床を汚している。キスのせいで熱った顔も傷も、妖しくて、嫌らしくて、淫らだ。 「え、お前……」  戸惑っている自分に、ルイは腕を差し出す。 「天馬、呑んで?」 「話聞いてたか? 俺はお前の未来を潰したくな……んっ? あっ……あぁ」  背中を掴まれて顔を近づけられ、二の腕に口をつけられる。次の瞬間、心臓がまるで火花が出た時みたいに小刻みに震える。魔力枯渇のせいで飢えた身体が、血を吸えと訴えてくる。牙で勢いよく腕を切り裂く。溢れ出した血を貪るように吸う。 「いっ? あっ……うぅ」  ルイの呻きが、耳元で響いた。 「ルイごめん、俺こんなことするつもりじゃ……」  慌てて顔を離す。なんで。美味しくないのに、味なんてしないのに、信じられないくらい呑んでしまった。まだ足りない。骨が剥き出しになるまで被りついて、肉ごと血を吸いたい。自分の思考が恐ろしい。正気じゃない。ふらっと、ルイが倒れそうになる。慌てて腕を掴んで、身体を支える。  貧血なのかもしれない。 「いいよ。俺、天馬と一緒にいるの選んだり、動物殺せなかったりした時点で、悪魔として一人前になるのが、難しいのはなんとなく理解してる。……それに、迷信なんだろ」  天馬は思わず顔を上げる。 「……だから、迷信かわかんないんだよ。そもそも悪魔同士で血を分け合うことなんて、片方が瀕死状態の時しかないから、前例がないんだ。子供なんて特に」 「じゃあ迷信だと思っとく。……はぁ。天馬、もういらない?」  血が溢れている傷口を見てから、ルイは首をかしげる。  思わず唾を呑む。 「……欲しい。ルイの血じゃなくて、悪魔の血が」 ルイは服の襟を引っ張り、鎖骨と首を俺に見せる。 「まだ、噛んでいいのか」 「うん。あっ! ゆ、……ユリねえに、プレーンまた買ってきてって、あとでいわないとだね」  ルイが頷いた瞬間、天馬は鎖骨に勢いよく噛みつく。血が溢れて、ルイの白い肌と服が赤黒くなっていく。痛みのせいか、ルイの瞳から涙が出て、頬を伝う。  天馬は何もいわず、ルイを抱きしめる。そして、血を心ゆくまで呑んだ。

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