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15話 天使と悪魔の共存は祝福されない
「父さん待って、足早い。俺怪我のせいで、早く歩けない」
前を歩いている父親に、天馬は慌てて声をかける。
「悪い。翼はまだ痛いか」
足を止めてくれた。
「え。うん。まぁ、寝られないほどじゃないけど」
隣に行くと、背中を撫でてもらえた。
「んっ。父さん?」
「無理はするな」
「……父さん、俺、最近よくわかんない。父さんが俺に冷たいのか、そうじゃないのか。この前も助けてくれたし」
父親の腕を掴んで、天馬は首をかしげる。
「私はお前の扱い方がよくわからない。お前の母親が……ミアが死んだあの日から、ずっと」
「うん。そんな気はしてた。父さん、あの日、遅くまで何してたの?」
「あの日、私は仲間にいわれたんだ。『悪魔同士で結婚しないから、片翼の子が生まれたんだ。あんなの無価値だ』って。だからいってやった。あいつの命はお前らの十倍は価値がある。見た目だけで仲間を判断する奴なんて死んじまえって」
「え、なんだよそれ」
初めて聞いた。
「そしたら返り討ちにされた。三対一で」
多勢に無勢すぎるだろ。ひどすぎる。
「父さんは、俺が罵倒されたのに怒ってたから、帰りが遅くなったの?」
そういうことだよな? 信じられない。
「あぁ。ミアが死んだのは、私が仲間をすぐに殺せなかったからだ。私が仲間をすぐに殺して駆けつけていたら……」
初めて頭を撫でられた。手が暖かくてホっとする。
「私がミアを殺したようなものなんだ。だからお前に何を話せばいいのかずっとわからなくて……八つ当たりもしそうで」
泣きそうな顔に見えた。悲しいし、辛いし、自分に怒っているみたいな。
「それでそっけなくしてたの?」
父親は下を向く。図星なのかもしれない。
「すまない。いうのが遅すぎるな」
「っ。俺、ずっと父さんに嫌われたかと思ってた」
天馬の瞳から涙がこぼれ落ちる。
真実を知って、安心したのかもしれない。慌てて涙を拭っていたら手を掴まれて、腰
を抱いてもらえた。
「嫌ったことなんて、一度もない。ずっと愛している」
「はは、そっか。よかった、嫌われてなくて」
天馬は目を閉じて、父親の腰に腕を回す。
「お前が生きててよかった」
「うん。ごめん、心配かけて」
笑いながら頷く。よかった、やっと和解できた。
「天馬、いつまでルイといる気だ?」
天馬の背中を撫でながら、父親は首をかしげる。
「え」
「悪魔と天使の交流は祝福されない。たとえ片方がハーフであっても。それでも死ぬまで一緒にいるのか。私とミアみたいに」
『それはおすすめしない』ってことか?
「父さんはなんで、周りに祝福されないってわかっていたのに、母さんと結婚したの」
祝福されなくてもした理由が気になった。
「ただの天使じゃなかったから。ミア、悪魔が道端に放置した人の遺骨や自殺者の死体を埋めてたんだ。泥臭く土を掘って。天使は治療魔法しかできないんだから、そんなの放っておけばいいのに」
天馬は瞬きを繰り返す。知らなかった。そんなことをしていたのか。
「初めてそれを見た時、『馬鹿らしい』と思った。でも爪が土まみれで汗だくでも、美しく見えた。こいつは身も心も天使なんだって思って」
確かに、そんな姿を見たら心を奪われそうだ。でも。
「それだけが理由?」
結婚までするような理由にしては、浅い気がした。
「いや。悪魔界は人を殺して喰うのが当たり前だ。だから城の住民だった俺は、何百の人を殺した。いや、千かもしれない。何度も、こんな生き方は馬鹿げていると思った」
そんなに殺していたのか。
「でも今更、どうやって生きたらいいかもわからなかった。ミアといたら、いつかそれがわかる気がしてな」
「わかったの?」
父親は首を振る。
「いや。でもミアと会ってからは自殺者しか食わなくなった。そうしないと好きになってもらえない気がしたから」
確かに。死者を弔おうとしている天使に向かって、弔う気なんてかけらもない悪魔が告白するんだ。それなら、好きになってもらえるように、できるだけ努力しないと。
「だから父さん、狩りから帰ってきても血まみれじゃないんだ。変だと思ってたんだ、ずっと」
目を見開いてから、父親は笑う。気づいていたことに驚いているのかも。
「あぁ。人を殺したことも犯罪をしたこともないお前なら、正しい生き方がわかるかもしれないな」
頬を撫でてもらえた。嬉しい。
「それがわかる時、ルイは俺の隣に」
父親は首を振る。
「いない方がいい。天使と悪魔の共存なんて難しいにもほどがある。片方がハーフなら尚更」
そうだよな。でも……。
「俺は、ルイも父さんも母さんもおばさんも好き。ルイだってきっと」
天馬の肩に手を当てて、父親は口を開く。真剣だけど、泣きそうなのかもしれない。
「わかってる。でもお前らは一緒にいない方が不幸にならない。一緒にいて幸せなのは、きっと半年も続かない」
なんて言葉を返せばいいのかわからなかった。正論を突きつけられてしまった気がしたから。
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