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16話 闇市で売られる、柴肉

 言葉に詰まっていたら、闇市の前についた。黒い文字で、『BLACK』と書かれている垂れ幕は血まみれで、かろうじて文字が読めた。その先にあるいくつかの店に売られているのは、人や動物の死体と、それを加工した品々だった。気色悪い。 「うっ……人と悪魔の肉の匂いがする」  思わず天馬は顔をしかめてしまう。 「天馬、私の後ろに隠れて、離れないように。お前は格好の巣だ。死んだ奴より、今ここで生きてる奴を殺して食った方が、何十倍も美味いから」  えっ。だからって、食おうとする奴なんかいるか? 天馬は瞬きを繰り返す。 「でもそんなことしたら」  父親の真後ろに急いで行ってから、天馬は小さく声を出す。 「黙認される。人間の世界と違って、悪魔界に警察はいないからな」  天馬は思わず、父親の服の裾を掴んだ。怖すぎる。    嫌なことを考えるのはやめよう。慌てて頭を振って、どうにかして別の話題を引っ張り出す。 「……父さん、ルイって人の肉食べられるのかな」 「どうだろうな。とりあえず今日は犬のでいいだろう。人はもうすぐ、嫌でも食うことになるから」  そういいながら、父親は肉屋の方へ向かって行く。 「え?」  どういう意味だろう。 「あ、天馬は知らないか。純血の悪魔は、十六歳の時と十七歳の時に、悪魔としての力があるか試す機会があるんだ」 「え、そうなの?」 「あぁ。十六歳は、ルイが失敗した。飼っていた動物を殺して食うやつ。十七歳のは、人間界へ行って、人を殺して食うやつ。ただの動物より人の方が武器を持っている可能性があって殺しにくいから、それをクリアすれば、ルイは立派な一人前の悪魔だ」 「え、一人前? 血を吸われた悪魔は、そうなれないんじゃ」 「私も血を吸われた悪魔は見たことがないから、身体のことはわからない。ただ、人を殺して食えれば、悪魔界では一人前だ」  そうだったんだ。じゃあ、『一人前になれないかもしれない』なんだ。  よかった。安心して、少し心が軽くなった。 「すみません、犬の肉はありますか」 「もちろん! 脂ののった、美味しいものがありますよ!」  店についたところで父親が尋ねると、店員は元気よく答える。中央にガラスケースがあって、奥に広々とした調理場がある。 「犬種の好みはありますか? なんでも揃えてますよ」  話の内容がえげつない。でも闇市はそういうところなんだよな。 「では柴を。加工してくれるか。死体ごと持って帰らない方が、都合が良くて」 「かしこまりました」  目を丸くしてから、店員はガラスケースにある柴犬を抱え、調理場へ向かって行く。 「父さん、別に小さくても良いと思う」  父親の肩に手を当てて、天馬は首を振る。チワワとかでいい気がする。 「わかってる。でもルイは育ち盛りだろう? どれだけ食べるかわからないからな。念のためだ」  確かにそうかもしれない。    ん? あれ? 「父さん、今初めて、ルイって呼んだ?」  つい口角が上がる。ルイを家族として認めてくれたのかな? だとしたらすごく嬉しい。 「あ。はぁ。天馬があんなに親しくしているのに、いつまでも『お前』というわけにはいかないだろ」  父親の耳が赤く染まっていた。照れているのかもしれない。 「あは、そっか。動物の肉だって、わかりにくい加工もできるのかな」 「あぁ。グラタンやハンバーグにしてみれば、食べやすいだろ」 「だね。俺、店員さんにいってみる」  調理場で腕を組んでいた店員に、天馬は声をかける。店員との話を終えてから、天馬は父親のそばに戻る。 「ルイ、急に動物の肉が食べたいっていい出して。そのうち、人も食べたくなるのかな」 「あぁ。人以外を食べて生きることは可能だろうが、私もそんな悪魔は見たことがないからな。まぁそんな食生活をしていたら、私みたいに何百年と生きるのは無理だろうな」   確かに。寿命って、人でも悪魔でも、食生活と結構関係するんだよな。 「悪魔って、最長二百歳なんだっけ?」 「あぁ。私の寿命は百五十歳くらいだ。お前はたぶん、百くらい。お前の食事は天使が作るものばかりだからな」  天馬の母親が亡くなったのは、八十歳手前だ。ユリシアのおかげで、母親と同等の食生活ができている天馬は、確かにそれくらいが妥当だ。 「……ルイには、俺より先に死んでほしくないな」  下を向いて呟く。もう誰も失いたくない。 「あの機会を……試験をクリアすれば、きっとそうはならない」 「そうだね。ありがとう、父さん」  父親が天馬を見て微笑んでくれた。 「俺、明日家を出る。人間界で生きていく方法探す。悪魔界のどこかにいたら、すぐにルイに見つかると思うから」  大きな胸に顔を押し付けて、腰に腕を回す。暖かい。一人になる前に、ちゃんと和解できて本当に良かった。 「わかった。ユリシアともちゃんと話して、納得してもらってからにしろよ」  父親も腰に腕を回してくれた。嬉しくて、つい頬が緩む。 「うん。ルイのことはよろしく。父さんなら、ルイを育てられるだろ」 「お待たせしました! 柴犬のひき肉です!」  店員が天馬と父親の元へ駆け寄ってくる。二人はお辞儀をしてそれを受け取り、会計をした。

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