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18話 人間と友達になろう
悪魔界にはたった一つだけ、日本の歌舞伎町の路地裏と繋がるドアがある。なんでそこと繋げたのかは、ドアを作った先祖の悪魔の王しか知らない。ドアは銀製で、ノブだけ黄金でできている。ノブについている血は悪魔の血か、人のか。どちらもか?
「この門を開ける側には、一生ならないはずだったのに」
ノブを持つ手が震えている。それでも行かないと。自分なら擬人化さえすれば、人間達の間に難なく溶け込めるから。
ドアを開けると、最初に見えたのはラクガキだった。赤や白のスプレーで壁に描かれている。英語で書かれている看板は壁面から突き出ていて、ちょうちんは紅く光っている。ちょうちんや看板のそばで、話し声が聞こえる。店の中から漏れているのだろう。
店から男が出てきて、煙草を吸い始める。
「ひっ……お前、悪魔か?」
天馬と目が合った男は、怯えて高い声を出す。
「なぁ、食わないから、あんたの履歴書、住所、これからの人生を分けてくれないか?」
「ひっ、う、うあぁ!!」
顔を真っ青にさせて逃げていく。
はぁ。ただ寝床と仕事先を提供して欲しいっていっているだけなのになぁ。
悪魔に会ったら殺されるという固定観念の植え付けのせいだろうな。学校でもちゃんと、そういうのを教えるための授業があるらしいし。
「あーあ。どこかに今にも死にそうなやついねぇかな。自殺願望持ちとか」
そういう奴だったら、悪魔に仕事先と寝床を簡単に差し出しそう。仕事先は提供しなくてもいいから、せめて寝床は提供して欲しい。
「学校にならいるかもな」
サークルや部活でいじめられていて、いつも落ち込んでいる死にたがりが。あるいは病気のせいで余命数ヶ月だからもう死のうと思っている子が。でも学校の場所なんて知らない。
「バイトしている奴のあとつけたら着くかな」
学生バイトって、高校生も大学生も結構いるらしいし。地道に探してみるかぁ。そうしたらきっと、意外と早く見つかる。
「はぁ……はぁはぁ……血が……足りない……うぅ」
そう思っていたのに、誰一人めぼしい奴が見つからず、一ヶ月が過ぎた。もう限界だ。人の血が欲しい。誰でもいいから、今すぐ殺して食いたい。自分の思考が恐ろしい。飢えた身体が、どうしようもなく血を欲している。
「はぁはぁ……うっ、はぁぁ」
息が荒い。汗がすごい。足元がおぼつかない。視界が霞む。
ふらついた天馬は、壁伝いに歩いて、新宿の路地裏に足を踏み入れる。
「はー」
地面にあったゴミ箱にもたれかかって息を吐く。
「クソ……頭いてぇ」
飢えた身体が、不調をしつこいくらい主張してくる。
「うぁ……あぁ」
頭を抱えてうずくまっていたら、後ろにあったゴミ箱が揺れた。
「死ねよ、クズ」
え?
「ひっ、ごめんなさ」
男の声? 子供?
「バイトリーダーだからっていきがってんじゃねぇよ」
大人の声もする。
「大学じゃあどうせ、テストだって平均以下、友達ゼロの陰キャなのに、偉そうにしやがって」
また大人の声だ。気づかれないように顔と首だけを上げて後ろを見る。フードをかぶった青年を、茶髪と金髪の男が責めている。いじめ?
「もうしない、静かにするから」
「嘘じゃねぇだろうな、ガキ」
茶髪の男が、青年の胸ぐらから手を離して去っていく。金髪の男がそれを追いかける。
「……はぁ。お前らがミスばっかしてるから、俺がバイトリーダーになったのに。またいい返せなかった」
青年が呟く。なるほど。学校やサークルで、自分をいじめていた奴と同じバイト先になったのか。
あ、ヤバい。
「クソ……血が」
飢えがピークに達して、頭がさらに痛くなる。
「はぁっ、はぁはぁ……うあっ」
「え、誰かいる?」
青年が辺りを見回す。天馬の呻きに気付いたのだ。
「え、あ……悪魔?」
しゃがんでいる天馬の頭上に声が降ってくる。顔を上げると、天馬は青年とばっちり目が合った。
「食わない。殺さない。だから、頼むからなんかよこせ。死にそうなんだよ」
青年の腕を引っ張って、かすれた声で懇願する。
「え……でも、今コーヒーしかない」
青年がショルダーバックから取り出した缶コーヒーを、缶ごと牙で砕いて飲む。
「うわっ、喰い方が悪魔だ。どんだけ腹減ってるんだよ」
粉々になった缶を吐き出して、額に手を当てる。
「ダメだ、こんなんじゃ全然足りねえ」
「は? もらっといてなんだよ、そのいい草」
青年は眉をひそめる。
「はぁ……血、血が足りないんだよ。近くの店でプレーンやレバーを買ってきてくれないか。じゃないとお前を食い殺しそうだ」
慌てて青年は後ろに下がる。
「わかった。買ってくるから、死ぬなよ!」
「ハハ、変な奴」
悪魔に死ぬなよっていう人間なんて、初めて見たぞ。
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