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20話 幸せになれなくても、一緒にいる
それから天馬は、定期的に和哉から食べ物をもらったり、自殺者の血を吸ったりして、死なないように努めた。
そうしてから半年の月日が流れ、季節は夏目前になった。
「六月か……こんなに長く人間界に居られると思わなかったな」
天馬が、和哉のスマホの待ち受け画面を見て呟く。
「俺も、まさか悪魔と何度も食事をするようになると思ってなかったよ」
和哉が差し出してくる、焼き鳥のレバーを天馬は食べる。
「ねぎまって美味い?」
「俺は。悪魔はまずいんじゃね? 吸血鬼はだめっていわれてるネギあるし」
白いものを指さしながら、和哉は首を振る。和哉が持っているねぎまを天馬はじっと見つめる。
「ハッ、吸血鬼が嫌いなのはたまねぎだろ。でも匂い好きじゃないかも」
鼻をひくひくとさせてから、天馬は首を振る。
「じゃあやめとけよ」
頷くと天馬はもう一度レバーをかじった。
「なあ……野宿には限界があんだろ。俺の家でよければ、そろそろ一緒に暮らさないか」
「ごめん。俺を助けようとしてくれてるのは嬉しい。でも同居はできない。……いや、しちゃいけないと思う」
和哉が天馬に顔を近づける。
「同居をしてるって知ったら、怒る奴がいるからか?」
「え?」
なんでわかったようなことをいうんだ。
「お前が離れたあいつが、不機嫌になるって思ってんだろ。でももう半年経ったんだ、きっともうお前なんか探してない」
無神経すぎる言葉にショックを受ける。
「……そうかもな。でもあいつの知り合いはいってたよ、見つけ出すって。だから俺はちゃんと、隣を空けておかないとダメなんだ」
「同居してるからっていつも隣にいるわけじゃない」
「あぁ。でも誤解させたら困る。それに、悪魔と同居なんてしたら、最悪和哉が命を落とす」
「そうかよ。俺は提案したからな」
和哉はゴミ箱に、乱暴にねぎまの串を投げ捨てる。
少し怒っているのかもしれない。ただ死んでほしくないと思っていっただけなのに、拒否されたから。
「ごめん。ありがとう」
バイト先に戻ろうとする和哉の腕を掴む。
「っ、なんで、結局助けてないのに」
「助けようとしてくれて嬉しかった」
「あっそ」
ぶっきらぼうにそういうと、和哉はすぐに離れていく。
今日はどこで寝よう。空き家が見つかると楽なんだけど。
辺りを見回しながら歩く。擬人化の香水をかければ、歩いていても人の姿に見えるから楽だ。でも、だからって知り合いにも、そうじゃない人にも、泊めてっていうわけにはいかない。そんなのすごく迷惑だ。
「はぁ。今が夏でよかったな」
そのおかげで、床で、布団をかけないで寝っ転がっても寒くない。天馬は『住民募集中』と書かれているアパートの中に入り、人がいない部屋の鍵を爪で開けた。
床に寝転がって目を閉じる。
……眠れない。ルイが隣にいてくれたら、すぐに寝れるのに。
え?
子供の悪魔が見えた。
天馬は目を開け、窓のそばに歩み寄る。そのまま窓を開けてあたりを見ると、子供の悪魔が大人の人を追いかけている姿が見えた。
「あ……もしかして今日って」
きっと父さんがいっていた、二度目の試験の日だ。
懐かしい、悪魔の匂いが充満している。
「ルイいるかな」
「……天馬? 天馬だ!」
ルイがアパートの庭に入ってきて、勢いよく抱きついてくる。
「ルイ、なんでわかった」
頭を振って、擬人化を解いてから、天馬は尋ねる。
「だってずっと探してたから。それに、翼とツノが見えてなくても、顔で十分天馬だってわかるから」
でも抱きつく必要はないだろ。
「俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ」
「そんなの考えてないよ? 天馬じゃない確率なんてないと思ったから」
素直すぎて愛しい。
「はぁ……変わってないな、ルイは」
背中を撫でると、その手を掴まれた。指に爪が食い込んでいる。
「なんで、なんで急にいなくなったの。ユリねえもおじさんも、姉ちゃんもみんなどこにいるか知らないって!」
ずっと内緒にしてくれていたのか。
「じゃあどうして、俺が人間界にいるってわかったんだ」
「ヴェルメイユの店から擬人化の香水がなくなってたから」
なるほどな。俺の部屋にあったから、香水の見た目を覚えていたのか。
「なんでそんな頭良いんだよ、お前」
「良くないよ? 天馬のことは覚えてるだけ。俺、ずっと天馬と一緒にいれると思ってた。なのになんで」
ルイは泣いていた。シャツの襟をものすごい引っ張られる。ちぎれそうだ。
「ルイ、俺たちは一緒にいても幸せになれないんだよ」
ルイの髪を撫でたら、腰を抱かれてしまった。
「祝福されないとか、幸せになれないとかどうでもいい! 天馬といたい!」
そうだった。
幸せになれるかどうかなんて、二の次でいいんだ。
「ルイ、好きだ。愛してる」
唇を奪い、舌を絡める。
「んっ……天馬?」
頬を赤く染めて、ルイは首をかしげる。
「離れてごめん。周りばかり気にして、ルイのこと考えてなかった。大好きなのに」
「やっとわかってくれたんだ?」
頬についている涙を拭われる。自分も泣いていたのか。
「うん。……家に帰ろうか」
笑っているルイを見て、天馬は穏やかに微笑む。
悪魔界に戻ったらまた、父さんに『悪魔と天の交流は祝福されないっていっただろ?』といわれるかもしれない。それでもいい。祝福されないなら、それでも二人で生きる方法を探すだけだ。
ドアを開けて、半年ぶりに悪魔界に入る。
六月だからか、辺りは緑の木々で覆われていた。見慣れている光景なのに懐かしい。見ていて心が落ち着く。
「あ。天馬!」
ルイと家に戻った瞬間、天馬はユリシアに抱きしめてもらえた。
「おばさん……ただいま。俺、ここでルイと幸せに生きる方法見つけたい。……一緒に探してくれる?」
「ええ、もちろんよ!」
泣きながら頷いてもらえた。暖かい。この温もりに何度救われたかわからない。
「天馬……天馬なのか?」
お風呂場のドアが開いたと思ったら、天馬の父親がそこから出てきて、近づいてくる。
「父さん……ただいま。俺、やっぱりここでルイと生きるよ」
天馬を見て父親は目を見開く。
「決めたんだな」
「うん」
世間から祝福されなくてもそばにいると決めたよ。そう思って天馬はしっかりと頷く。
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