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第1話 いつか家族になってくれる人(6)

「うん。実は、湊くんのこと……弟ができたみたいに思ってたんだ」 「ああっ、そっか! ……あれ?」 「ん?」 「んん?」  どういうわけだか、二人して「ん?」となってしまう。 「えーと、俺はそういう意味じゃなくて……」  と、湊は苦笑まじりに呟くのだが、春陽の耳には届かなかった。  不意に胸ポケットのスマートフォンが震え、一気に現実へと引き戻されることとなったのだった。 「わっ、もうこんな時間!?」  あらかじめ設定していたアラームは、幼稚園へ向かう時刻を知らせるものだ。 「ごめんっ、俺そろそろ行かないと!」 「あ、待って!」  湊がバッグの中をごそごそと探り出す。  スケジュール帳を取り出すと、なにやら走り書きをしていた。 「これ、俺の連絡先」  差し出されたのは、連絡先が大きく書かれた紙片。  春陽が戸惑いながらに受け取ると、湊は真剣な表情を浮かべた。 「俺……兄さんがしたこと、許されることじゃないと思ってる。だから、せめて俺に償わせてくれないかな」  ――償い。  まるで自分のせいのように言う湊に、春陽は少し困ってしまった。  相変わらず、心底優しい子なのだと思う。同時に、償いなんてされる筋合いはないのだとも。 「ありがとう。そう言ってもらえるだけで、十分すぎるくらいだよ」  春陽は、紙片をそっと胸元にしまった。 「なにも償ってもらうようなことじゃないんだ。湊くんが責任感じる必要もないし、俺も子供も元気にしてるから安心して?」 「っ、そんな」 「それに、こうしてわざわざ会いに来てくれて、ものすごく嬉しかった。……本当にありがとう、湊くん」  穏やかな笑みを浮かべ、心からの言葉を紡ぐ。 「嬉しかった」「ありがとう」と、何度でも伝えたい気分だった。こんなにも想ってくれる人がいるだなんて、恵まれているにも程があると。 (だけど、俺には――)  気づけば、春陽は胸の前で指先をぎゅっと握りしめていた。  すぐさま何でもないように取り繕うと思ったけれど、先に声を発したのは湊の方だった。 「また、会えるよね?」  気遣わしげな声色に、春陽はほんの少し迷う。けれど、笑って頷いた。 「うん。……またね」  それが今の自分にできる、精一杯の返事だった。  その夜。寝る前のひとときに、優がお気に入りの絵本を抱えてやって来た。 「パパ! とりさんのごほん、よんで!」 「いいよー? 優は鳥さん大好きだねえ」  ベッドの上にぴょんっと飛び乗った優が、満面の笑みで絵本を渡してくる。春陽も隣に寝転んで、ゆっくりとページをめくった。 「――〝しあわせなのとり〟」 《あるところに、立派な翼を持つアルファの鳥と、柔らかい羽に覆われたオメガの鳥がいました。二羽はとても仲良しで、いつも一緒に湖の上を飛びまわります――》 「ぴったり! くっついてとぶのっ」 「うん、ぴったり。仲良しさんだからね」  優が絵本に顔を近づけて、じーっとページを覗き込む。  そこに描かれていたのは、オシドリをモチーフにした(つがい)の鳥だった。  この世には男女の性のほかに、《バース性》と呼ばれる第二の性がある――大きく分けて、アルファ、ベータ、オメガの三つだ。  なかでもアルファは優位性であり、人口の約一〇%ほど。知能や身体能力が高く、上級階級はほとんどアルファが占めていると言ってもいい。  その次のベータは人口の大半を占めており、能力的には凡庸といったところだろうか。  そしてオメガ性だが、アルファよりもさらに少なく、人口の約五%ほどとされている劣位性だ。身体的に弱いとされながらも、男女ともに妊娠が可能で、三ヶ月に一度の周期で発情期(ヒート)がある。  発情期(ヒート)中は、無差別にアルファを誘惑するフェロモンを放出し、その性質や生殖率から社会的地位が劣る存在とみなされてきた。が、冷遇を受けていたのも過去の話だ。  発情抑制剤の普及や助成金制度により、現在はオメガの地位も改善されつつある。ただ、人々の偏見や差別意識は、いまだ根深いのが実際のところだ。 「ねー、パパはオメガなんだよね?」 「そうだよ。優はパパから生まれてきたんだよ」 「じゃあ、は?」  優が、何度目かの質問をしてくる。

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