8 / 78

第1話 いつか家族になってくれる人(7)

 ――アルファがオメガのを噛むことで成立する、(つがい)と呼ばれる絆。それは、生涯にわたって解消できない、特別で絶対的な繋がりだ。  絵本の中では、二羽の鳥が身を寄せ合って卵を温めている。仲睦まじく描かれたその姿は、まるで運命で結ばれたかのようだった。  けれど現実は、そんなに綺麗なものではない。 「番がいなくてもね、コウノトリさんが赤ちゃんを運んできてくれるんだよ」 「ほんと?」 「ほんと。だって優は、パパのところに来てくれたもん」  嘘はついていない。  春陽と優の父親の間に、番の関係はなかった。なんせ彼はベータだったのだから。 (ううん、そもそもあの人とは……)  あったのは恋愛感情ではなく、きっと同情心のようなもの。 『慰めてくれよ、春陽。……こんな俺に優しくしてくれるの、お前だけなんだ』  寂しげな声。拠りどころを探すような顔を見てしまえば、放っておくことなんてできなかった。  湊とはの兄弟らしく――本人の話から察するに、家族仲が上手くいっていなかったのだろう。  そんな彼が、家族のいない自分と重なった。求められるがままに、温もりを分けてあげたいと思った。  だというのに、 『あの、××さん。……俺、赤ちゃんができたみたいなんです』  妊娠を告げたとき、返ってきたのは冷たい拒絶の言葉だった。 『は? 発情してねえと、妊娠しないんじゃねーの?』 『ピルだって飲んでたくせに、なに妊娠してんだよ!』  何度思い出しても、胸が軋む。  期待していたわけではなかった。こんな薄っぺらい身体だけの関係、続くわけがないと気づいていた。  けれど、心のどこかで、喜んでくれることを――二人の間に淡い感情が生まれることを、望んでいたのかもしれない。  結局、それを最後に彼と会うことはなかった。  連絡も取っていない。……そして、後悔だってしていない。 「あなたはちゃんと望まれて、産まれてきたんだよ。それだけは確かだから」  春陽が優の頭を撫でると、小さな寝息が返ってきた。柔らかく微笑みをこぼし、そっと口づけを落とす。  ――優は、望んで迎えた命だ。  二人の間に特別な感情は無かったにせよ、自分の意志で産み、育てると決めた。  誰に何を言われようと、それだけは誇りを持って言える。 「おやすみ」  布団を引き上げ、音を立てないように寝室を出る。  リビングへ戻ると、ローテーブルに置かれた一枚の紙が視界に入った。昼間渡されたばかりの、湊の連絡先だ。  春陽はそれを手に取るなり、しばし無言で見つめた。  思い返すのは、こちらを思いやる言葉の数々だが……、 (俺……どうしたらいいんだろう)  そうして神妙な面持ちを浮かべたのち、静かに目を伏せる。気持ちの整理をつけるには、いささか時間が足りなかった。 * To Be Continued * >>> 第2話「トラブルDAY」 ………………………………………

ともだちにシェアしよう!