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第1話 いつか家族になってくれる人(7)
――アルファがオメガのうなじを噛むことで成立する、番 と呼ばれる絆。それは、生涯にわたって解消できない、特別で絶対的な繋がりだ。
絵本の中では、二羽の鳥が身を寄せ合って卵を温めている。仲睦まじく描かれたその姿は、まるで運命で結ばれたかのようだった。
けれど現実は、そんなに綺麗なものではない。
「番がいなくてもね、コウノトリさんが赤ちゃんを運んできてくれるんだよ」
「ほんと?」
「ほんと。だって優は、パパのところに来てくれたもん」
嘘はついていない。
春陽と優の父親の間に、番の関係はなかった。なんせ彼はベータだったのだから。
(ううん、そもそもあの人とは……)
あったのは恋愛感情ではなく、きっと同情心のようなもの。
『慰めてくれよ、春陽。……こんな俺に優しくしてくれるの、お前だけなんだ』
寂しげな声。拠りどころを探すような顔を見てしまえば、放っておくことなんてできなかった。
湊とは腹違いの兄弟らしく――本人の話から察するに、家族仲が上手くいっていなかったのだろう。
そんな彼が、家族のいない自分と重なった。求められるがままに、温もりを分けてあげたいと思った。
だというのに、
『あの、××さん。……俺、赤ちゃんができたみたいなんです』
妊娠を告げたとき、返ってきたのは冷たい拒絶の言葉だった。
『は? 発情してねえと、妊娠しないんじゃねーの?』
『ピルだって飲んでたくせに、なに妊娠してんだよ!』
何度思い出しても、胸が軋む。
期待していたわけではなかった。こんな薄っぺらい身体だけの関係、続くわけがないと気づいていた。
けれど、心のどこかで、喜んでくれることを――二人の間に淡い感情が生まれることを、望んでいたのかもしれない。
結局、それを最後に彼と会うことはなかった。
連絡も取っていない。……そして、後悔だってしていない。
「あなたはちゃんと望まれて、産まれてきたんだよ。それだけは確かだから」
春陽が優の頭を撫でると、小さな寝息が返ってきた。柔らかく微笑みをこぼし、そっと口づけを落とす。
――優は、望んで迎えた命だ。
二人の間に特別な感情は無かったにせよ、自分の意志で産み、育てると決めた。
誰に何を言われようと、それだけは誇りを持って言える。
「おやすみ」
布団を引き上げ、音を立てないように寝室を出る。
リビングへ戻ると、ローテーブルに置かれた一枚の紙が視界に入った。昼間渡されたばかりの、湊の連絡先だ。
春陽はそれを手に取るなり、しばし無言で見つめた。
思い返すのは、こちらを思いやる言葉の数々だが……、
(俺……どうしたらいいんだろう)
そうして神妙な面持ちを浮かべたのち、静かに目を伏せる。気持ちの整理をつけるには、いささか時間が足りなかった。
* To Be Continued *
>>> 第2話「トラブルDAY」
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