14 / 78
第2話 トラブルDAY(6)
「優? どうして『ごめんなさい』なの?」
言いつつ、膝を折って目を合わせようとする。
「だって、きょうのパパ……ずーっと、がっかりしてばっかだった……だから、ゆう――きらわれちゃったかなって」
「――……」
春陽はぐっと息を詰めた。
優は見ていたのだ。心の奥に隠した不安や焦り、小さな綻びの数々を。
そして、それらを強く感じ取ってしまったゆえに、失望して嫌われてしまったのではないかと怯えている――。
そう思い至った途端、春陽はもう堪らない気持ちになった。
「優、そんなわけないよ。パパが優を嫌いになるわけ、絶対にない」
優の肩に手を置き、否定の言葉を繰り返す。
それでもまだ足りない気がして、さらに言葉を重ねた。
「パパも、そんなふうに思わせちゃってごめんね」
「パパ?」
「パパはね……優が悲しかったり、つらかったりしてるのに、上手く助けてあげられないのが嫌だったんだ。――そう思うのは全部、優のことが大切で、大好きだからだよ」
一つ、また一つ。正直な気持ちが伝わるよう、言葉を選びながら伝えていく。
優はしばらく黙っていたが、やがて「……ほんと?」と聞き返してきた。春陽はしっかりと答えてみせる。
「ほんとに、ほんとだよ。パパはどんな優でも、いつだって大好きだよ」
「っ、パパあ……」
頷く春陽の胸に、小さな手がぎゅっとしがみついた。
優はそのまま顔を埋め、しくしくと泣き出す。涙で服がじんわりと濡れていくのを感じながら、春陽は優の背中を優しく撫でてやった。
「パパの気持ち、たくさん考えてくれてありがと。……大好き。だーいすきだよ、優」
震えそうになる声をなんとか押さえ込んで、緩やかに目を閉じる。
――どれほど余裕がなくても。どれほど自分が不安定でも。
優の前でだけは、何が何でも父親らしい顔をしていようと決めていた。
診察を終えた帰り道。
湊が運転するミニバンの助手席で、春陽は優を胸に抱いていた。病院を出た直後、安心したのか、優はあっという間に眠ってしまったのだ。
しかし、春陽の胸にあるのは安堵だけではなかった。やり場のない後悔や、自責の念が渦を巻いていた。
(優にあんなこと言わせちゃうなんて……。これじゃあ結局、『子供そっちのけで男漁りしてる』って言われても、仕方ないじゃん)
力不足で情けなくて、自分のことを責め立てる声が次々と湧いてくる。
もっと、親としてしっかりしていれば。もっと、子供のことを気遣っていれば――。
そんなことばかり考えて、息が詰まりそうになる。
「春陽さん。このアパートでいいの?」
湊の声に、ハッと我に返った。
もう自宅の前まで来ていたようだ。ぼんやりとした輪郭に、今の今まで気づかなかった。
「あっ、うん。ごめんね……本当にありがとう、湊くん」
慌てて答えたが、ふっと湊の顔が曇る。
「春陽さん……泣いてる?」
「え……?」
言われて、ようやく自分が泣いていたことに気づく。春陽は涙を袖で拭いながら、弱々しく謝った。
「ごめんっ……大人のくせに、みっともなくて」
「みっともなくなんか、ないよ。どうしたの?」
「っ……な、なんか、いろいろ考えちゃって。俺、親としてどうなんだろう、とかって……」
静かに車が停まり、エンジンが切られる。
湊はポケットからハンカチを取り出すと、春陽の方へ身を乗り出してきた。そっと涙を拭ってくる。
「鼻はいいよ……ハンカチ汚れちゃう」
「いいから」
優しげな手つきに、何も言えなくなった。
湊はこちらの顔を真っ直ぐに見つめ、再び口を開く。
「俺は、春陽さんが『ちゃんとパパやってるんだなあ』って、今日すごく思ったよ」
ともだちにシェアしよう!

