15 / 78

第2話 トラブルDAY(7)

「そんな……全然だよ」 「ええ? あんなに必死になってたのに?」 「………………」 「ちょっと見ただけでもわかるよ、春陽さんは本当に頑張ってるって」  一呼吸置いて、湊は言葉を続ける。 「優くんだって、素直でいい子じゃん。人の気持ちを考えられて、思いやりがあって――それって春陽さんが、日頃からきちんと向き合ってるからでしょ? 親として、自信持ってもいいと思うけどな」  抱えていた後悔も、自責の念も、何もかもまとめて否定するかのように。どこまでも優しい言葉が、心の奥底まで広がっていく。  堪えようとした涙は、もう言うことを聞いてくれなかった。ぽろぽろと、(せき)を切ったようにこぼれてしまう。 「ハンカチ……も、いいって……グショグショになっちゃうよ」  春陽は嗚咽まじりに呟いた。  だが湊は目を細めて、なおも春陽の涙を拭う。 「いいの。つーか、ちょっと安心した。無理して笑ってるんじゃないかなー、って……思うときあったから」  言って、今度は苦笑を浮かべてみせた。 「なんていうかさ、何でも一人で抱え込んじゃうみたいな。もう俺も子供じゃないのに、ついさっきまで頼りにしてもらえなかったし。春陽さんにとって、『俺ってその程度?』って思っちゃった」 「んなことっ……一緒にいてくれて、すごく心強かったよ! だけど、頼っちゃったら――」 「迷惑だー、とかって考えてる?」  図星を突かれて、春陽は言葉に詰まる。もはや正直に打ち明けるしかあるまい。 「今日だって、湊くんバイト中だったのに……すごく申し訳なくて」 「んー、そこは『申し訳ない』じゃなくて、『ありがとう』じゃない? バイトのことは……まあ、ひとまず置いといて、俺は春陽さんが頼ってくれて嬉しかったよ。役に立ててすごく嬉しかった」  ……本当に心底嬉しそうに言うものだから、参ってしまう。  どうして、ここまで真っ直ぐになれるのだろう。胸がぎゅうっと締めつけられて、春陽は返すべき言葉が出てこない。 「湊くん……」 「春陽さんの気持ちもわかるけどさ。全然、迷惑じゃないし、こうして話してくれるだけでもいいし……。『春陽さんのことが好きだから、何かしてあげたい』って俺の気持ちも、ちょっとは尊重してもらえると嬉しいな」  言いつつ、いたずらっぽく笑ったかと思うと、 「ねっ?」  と、湊がハンカチ越しに鼻を摘まんできた。  春陽は思いがけず、「むえっ!?」と間抜けな声を上げてしまう。それはもう、自分でも驚くほどに。 「あっはは! 『むえっ!?』って!」 「も、もう、いきなり何するの~っ!?」  真っ赤になって鼻を抑える春陽を、湊は愉快そうに笑った。  けれどその笑みは優しくて、あたたかくて――不意に目元が、ふわりと柔らかく細められる。こちらのことを見つめながら、ぽつりと呟いた。 「少しは元気でた?」  たったそれだけで、不思議と胸がじんとした。  気づけば、頬を伝っていた涙はもう止まっている。 (湊くんは、俺より年下なのに……ずるい)  心の中で呟く。  本当に頼ってもいいのだろうか。いまだ複雑な思いがあるにせよ、目の前の笑顔を見ていると、そんな気にさせられてならなかった。  だから思い切って、少しだけ手を伸ばしてみることにする。 「ありがとう、湊くん……もし、よかったらなんだけど」  すると、湊は驚いたように目を瞬かせたあと、何も言わずに耳を傾けてくれた。  その反応に背中を押されるように――春陽は静かに、けれどはっきりと言葉を紡いだのだった。 * To Be Continued * >>> 第3話「一歩、踏みだす勇気」 >>> 小ネタ「好きの意味(第2.5話)」 ………………………………………

ともだちにシェアしよう!