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第2話 トラブルDAY(7)
「そんな……全然だよ」
「ええ? あんなに必死になってたのに?」
「………………」
「ちょっと見ただけでもわかるよ、春陽さんは本当に頑張ってるって」
一呼吸置いて、湊は言葉を続ける。
「優くんだって、素直でいい子じゃん。人の気持ちを考えられて、思いやりがあって――それって春陽さんが、日頃からきちんと向き合ってるからでしょ? 親として、自信持ってもいいと思うけどな」
抱えていた後悔も、自責の念も、何もかもまとめて否定するかのように。どこまでも優しい言葉が、心の奥底まで広がっていく。
堪えようとした涙は、もう言うことを聞いてくれなかった。ぽろぽろと、堰 を切ったようにこぼれてしまう。
「ハンカチ……も、いいって……グショグショになっちゃうよ」
春陽は嗚咽まじりに呟いた。
だが湊は目を細めて、なおも春陽の涙を拭う。
「いいの。つーか、ちょっと安心した。無理して笑ってるんじゃないかなー、って……思うときあったから」
言って、今度は苦笑を浮かべてみせた。
「なんていうかさ、何でも一人で抱え込んじゃうみたいな。もう俺も子供じゃないのに、ついさっきまで頼りにしてもらえなかったし。春陽さんにとって、『俺ってその程度?』って思っちゃった」
「んなことっ……一緒にいてくれて、すごく心強かったよ! だけど、頼っちゃったら――」
「迷惑だー、とかって考えてる?」
図星を突かれて、春陽は言葉に詰まる。もはや正直に打ち明けるしかあるまい。
「今日だって、湊くんバイト中だったのに……すごく申し訳なくて」
「んー、そこは『申し訳ない』じゃなくて、『ありがとう』じゃない? バイトのことは……まあ、ひとまず置いといて、俺は春陽さんが頼ってくれて嬉しかったよ。役に立ててすごく嬉しかった」
……本当に心底嬉しそうに言うものだから、参ってしまう。
どうして、ここまで真っ直ぐになれるのだろう。胸がぎゅうっと締めつけられて、春陽は返すべき言葉が出てこない。
「湊くん……」
「春陽さんの気持ちもわかるけどさ。全然、迷惑じゃないし、こうして話してくれるだけでもいいし……。『春陽さんのことが好きだから、何かしてあげたい』って俺の気持ちも、ちょっとは尊重してもらえると嬉しいな」
言いつつ、いたずらっぽく笑ったかと思うと、
「ねっ?」
と、湊がハンカチ越しに鼻を摘まんできた。
春陽は思いがけず、「むえっ!?」と間抜けな声を上げてしまう。それはもう、自分でも驚くほどに。
「あっはは! 『むえっ!?』って!」
「も、もう、いきなり何するの~っ!?」
真っ赤になって鼻を抑える春陽を、湊は愉快そうに笑った。
けれどその笑みは優しくて、あたたかくて――不意に目元が、ふわりと柔らかく細められる。こちらのことを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「少しは元気でた?」
たったそれだけで、不思議と胸がじんとした。
気づけば、頬を伝っていた涙はもう止まっている。
(湊くんは、俺より年下なのに……ずるい)
心の中で呟く。
本当に頼ってもいいのだろうか。いまだ複雑な思いがあるにせよ、目の前の笑顔を見ていると、そんな気にさせられてならなかった。
だから思い切って、少しだけ手を伸ばしてみることにする。
「ありがとう、湊くん……もし、よかったらなんだけど」
すると、湊は驚いたように目を瞬かせたあと、何も言わずに耳を傾けてくれた。
その反応に背中を押されるように――春陽は静かに、けれどはっきりと言葉を紡いだのだった。
* To Be Continued *
>>> 第3話「一歩、踏みだす勇気」
>>> 小ネタ「好きの意味(第2.5話)」
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