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第3話 一歩、踏みだす勇気(1)
春陽が玄関の鍵を開け、「ただいま」と声をかけると、すぐに小さな足音が駆けてきた。
「パパーっ、おかえり!」
笑顔で飛びついてきた優を、春陽はしゃがんで抱きとめる。
「ただいま、優。いい子にしてた?」
「うんっ、みーくんとあそんでた!」
ニコニコと満面の笑みを見せる優。後を追って、湊もやって来た。
「春陽さん、おかえり」
「うん、ただいま。優のことありがとね。えーっと……何事もなかった? 癇癪とか大丈夫だったかなって」
「大丈夫。幼稚園のお迎えも、代理の連絡してもらってたからスムーズだったし――そのあとは一緒におやつ食べて、『にゃんにゃんマン』ごっこしてたんだよねー?」
優は「ねーっ」と元気よく頷く。
「あのねっ、みーくんすごいの! かいじんタイガー、じょうずなんだよ!」
「へえ~、それはすごいねえ。パパもあとで見せてもらおうかな?」
楽しそうに話す優の姿に、自然と春陽の表情も綻ぶ。湊ともすっかり打ち解け、今では〝みーくん〟と呼んで懐いているようだ。
春陽は微笑みを浮かべたまま、湊に目を向ける。
「ほんと、湊くんが引き受けてくれて助かったよ。いつもならシッターさんにお願いするんだけど、今日は打ち合わせがいつ終わるか、わかんなくてさ」
「どういたしまして。役に立てたならよかったよ」
春陽は在宅でWEBライターの仕事をしているのだが、月に何度か編集部へ出向く日がある。この日もそうだった。
いつもなら、優のお迎えと夕方の世話をシッターに依頼している。けれど、今日は帰宅時刻の見通しがつかないこともあり、思いきって湊にお願いすることにしたのだ。
話をした当初、重々しい雰囲気も手伝ってか――湊は「そんなことでいいの!?(≒いくらでもやるよ!?)」と拍子抜けしていたようだった。が、こちらとしては一大決心である。
あれこれ悩みはしたものの、優の笑顔がすべてを物語っているような気がした。
「お腹空いたでしょ? すぐにご飯作るから、ちょっと待っててね」
「うんっ、きょうのごはんなあに?」
優が手を引きながら尋ねてくる。春陽は優しく頭を撫でてやった。
「今日はオムライスでーす」
「オムライスう!」
手を叩いて喜ぶ優。その傍ら、春陽は湊に声をかける。
「湊くんも、よかったら食べていって?」
「えっ、いいの?」
「もちろん。むしろ、食べていってもらえると嬉しいな」
言いつつ、壁にかけてあったエプロンを手に取った。首に通し、腰紐をくるりと巻いて結ぶ。
その一連の動きを、湊はぽかんとしたように見ていた。
「エプロンだ……」
「ん? エプロンがどうかした?」
春陽がきょとんと振り返ると、湊はわたわたと手を振って目を逸らす。
「いや、似合ってるなーと思って! うん、すごくっ」
「そうかな? あ……ありがと?」
……ちょっと妙な感覚だ。
こそばゆいような気持ちを誤魔化すように、春陽は冷蔵庫を開けて準備に取り掛かった。
「何か手伝おうか?」
「大丈夫、下準備は朝のうちに済ませてあるから。湊くんは、優のこと見ててもらえる?」
「わかった、任せて」
湊が頷き、リビングから元気いっぱいの声が聞こえてくる。
春陽はクスッと笑い、手を洗ったのちにフライパンを火にかけた。
優の好きなコーン入りのチキンライスは、朝のうちに作り置きしてある。卵を溶いたら、半熟になるまで軽くかき混ぜながら加熱。
あとはチキンライスに卵を被せて、ケチャップで『にゃんにゃんマン』の顔を描いたら――出来上がりだ。
「はい、お待たせ」
食卓にはメインのオムライスと、野菜スープ、デザートにバナナヨーグルトが並んだ。
優はオムライスを目にした途端、目をキラキラとさせる。
「わーっ、にゃんにゃんマンだあ! みーくん、みてみてっ?」
「ほんとだ、にゃんにゃんマン! ……つーか春陽さん、めちゃくちゃうまっ!?」
思わず湊のオムライスにも描いてしまったが、本人は嬉しそうに笑っていた。スマートフォンを取り出して、写真まで撮る始末だ。
「可愛くて、食べるの勿体ない……」
「せっかく作ったんだから、ちゃんと食べてくださーい?」
何気ないやり取りが、なんだか楽しくて仕方がない。
思えば、こんなふうに食卓を囲むのは初めてのことだった。いつも優と二人きりのせいか、これまでになく賑やかに思える。
「いただきまーす!」
三人の声が重なった。
優は口元に米粒をつけながら頬張り、湊は一口食べて「んまっ!」と感嘆の声を漏らす。そんな光景に、春陽の顔にも笑顔が絶えなかった。
そして食事も終わり、食器を下げようと立ち上がったところで、湊が声を落として話しかけてくる。
「ねえ、春陽さん。ちょっといい?」
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