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第3話 一歩、踏みだす勇気(2)
「え? うん、どうしたの?」
春陽が手を止めると、湊はやや言いにくそうに視線を落とす。
「その、親のことなんだけど――やっぱり会うのは駄目かな? 二人とも、どうしても春陽さんたちに会いたいみたいで……」
ぽつりと発せられた言葉に、春陽は心がざわつくのを感じた。食器をまとめながら、困り顔で返事をする。
「駄目っていうか……どんな顔して会えばいいのか、わからなくて」
「いや、気楽でいいんだよ! うちの親ね、『家じゃなくて、外で会うのはどうかな』って言ってた。春陽さんの気持ちもあるだろうし……それに公園とかなら、優も遊べていいんじゃないかって」
――公園。開けた空の下で、少しだけ気持ちを軽くしてくれそうな場所。
わざわざ自宅に招くのも悪い気がするし、逆に湊の実家に赴くにしたって、よくない思い出がちらついてしまう。
もちろんのこと――湊が、そしてその両親が気づかってくれていることは、十分すぎるほどにわかっている。
それでも春陽は、まだ首を縦に振れずにいた。
「……ごめんね、せっかくそう言ってくれてるのに。やっぱり俺、まだ怖いんだ」
すると湊は「ううん」と告げたのち、くしゃりと笑う。
「謝らなくていいよ、こっちこそ繰り返し訊いちゃってごめんね。無理する必要ないし、気が向いたらで大丈夫だから」
湊の優しさが、言葉を通して心に染み渡るようだった。
と同時に、自分の不甲斐なさを痛感するのも事実で、気まずさが込み上げてくる。
(俺、意気地なしだな……こんなにも優しくしてもらえてるのに)
軽く自己嫌悪に陥りかけたそのとき、思いがけず無邪気な声が割り込んできた。
「なんのおはなしー?」
アニメに気を取られていたと思いきや、どうやら二人の会話を聞いていたらしい。
春陽がちらりと横に目をやると、湊も困ったように眉尻を下げていた。どう答えようか迷ったが、春陽は一呼吸したのちに、優に向かって口を開いた。
「……優の、じいじとばあばのお話だよ」
「じいじと、ばあば?」
優はきょとんと目を瞬かせた。
その反応に、春陽の胸がドクンドクンと音を立てる。不安と緊張が入り混じって、思わず息が詰まりそうになった。
「ゆう、じいじとばあば、いるの!? あいたーいっ!」
パッと顔を輝かせた優に、春陽は驚く。
素直な好奇心と、会える喜びがありありと伝わってくるような瞳。あまりの純粋さに胸を打たれて、ふっと目を伏せた。
「優は、じいじとばあばに……会いたいの?」
「うんっ、あいたい!」
「………………」
考え込むように黙るこちらを、優はじっと見つめていた。
少しの沈黙ののち、首をかしげて呟く。
「あわないの?」
「え、えっと」
答えに悩んで言いよどむ。すると、優の瞳に不安の色が滲んだ。
「じいじとばあば……こわいひとなの?」
「違うよっ! すごく、すごくいい人だよ!」
「じゃあ、なんであわないの?」
「それは……」
優の疑問が、心の奥を突いてくる。
理由を説明するのは難しい。本当の意味での〝父親〟のことなんて、まだ優には知ってほしくない。
どう答えたら――と考えているうちにも、助け舟を出すかのように湊が動いた。
「あのね、優っ」
が、それよりも先に、優が身を乗り出して詰め寄ってくる。
「なか、わるいの!?」
「えっ!?」
まるで説教でもするかのように、優は真剣だった。
「けんか、だめー! なかよくしなきゃ! だめなのっ!」
「っ! は、はい……すみません、優さん……」
春陽は思わずその場に正座して、深く頭を下げてしまう。横では湊が、驚いたように声を上げていた。
「ちょっ、春陽さーん!?」
いや、こればかりは仕方ないだろう。なんせ子煩悩なのだ。
こんなにも真っ直ぐで、健やかに育ってくれた我が子を前にしたら、さすがに考えを改めざるを得ない。
……それに何よりも、いたって単純明快な言葉が胸に刺さっていた。
「そうだよね。仲良くしなきゃ駄目、だよね」
目を見て言うと、優は大きく頷く。
その一方で湊が、「ま、負けた……」と肩を落とすも、顔を上げた次の瞬間には、ホッとしたような表情を浮かべるのだった。
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