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第3話 一歩、踏みだす勇気(3)

    ◇  当日は雲ひとつない晴天だった。  何度か遊びに来たことがある自然公園。木陰ではレジャーシートを広げる家族連れの姿が見え、子供たちの笑い声があちこちから聞こえてくる。  春陽たちもまた、公園の一角にレジャーシートを広げていた。  優はわくわくとした様子で、手持ち無沙汰に水筒を転がしている。 「ねえねえ。じいじとばあば、まだこないのー?」  よほど楽しみなのか、つい先ほども口にしていた言葉を繰り返す。  問いかけに答えたのは、湊だった。 「もうちょっとだと思うよ。さっき『そろそろ着く』って連絡きてたから」  湊の視線が春陽の方へと向けられる。春陽も頷いて姿勢を正した。 (大丈夫、大丈夫……落ち着こう)  と、自分に言い聞かせるように、深呼吸をしていたときだった。  湊の指先が、春陽の背筋をつうっと撫でていく。 「ふぁっ!?」  思わず妙な声が出てしまった。ビクッと肩を跳ねさせた春陽が振り向くと、湊がいたずらっぽく笑っていた。 「緊張しすぎ。誰も春陽さんのこと、取って食ったりしないって」 「うっ」 (……結構、いたずら好きなのかな。湊くんって)  春陽は眉根を寄せたが、些細ないたずらが、少しだけ肩の力を抜かせてくれたのも事実だった。  春陽があらためて息を整えようとしていると、湊がふと顔を上げる。 「あ、来たかも」  その一言に、春陽の心臓がドキリと音を立てた。  視線を向けた先。公園の入り口から、ゆっくりと歩いてくる二人組の姿があった。 (湊くんの、お父さんとお母さん――)  一人は堅物そうな面持ちの男性で、もう一人は柔らかな笑みをたたえた女性。会うのは本当に久しぶりだったけれど、夫婦ともに変わりないようだった。 「じいじとばあば、きたの!?」  優の弾けるような声が響いたかと思えば、すっくと立ち上がって、小さな足で一気に駆け出していく。  慌てて春陽も立ち上がり、あとを追った。 「優! 一人で走っていかないよーっ!」  そう言いつつも、優の足取りは軽く、あっという間に二人のもとへ辿り着いてしまう。春陽は追いつくなり、慌てて笑顔を作った。 「あ……えっと」  駆け足の息を整えつつ、二人の姿を見上げる。  湊の父と母。どちらも変わらない優しい雰囲気をまとっているものの、どうにも言葉が出てこない。  そんなことをしていたら、優がぴょこっと前に出た。 「しみじゅゆうです、よんさいです! こんにちはっ!」  元気よく胸を張って言い切ると、しっかりと頭を下げる。  その様子に、湊の母が笑みをこぼした。 「あらまあ、優くんって言うのね。こんにちは」 「おお、立派に挨拶ができて偉いなあ」  湊の父も穏やかな声で、目を細めながら続ける。  まるで、優の行動に背中を押されたかのようだった。春陽は背筋をピンと伸ばして、静かに頭を下げる。 「……ご無沙汰してます、清水です。本日はわざわざありがとうございます」 「こちらこそ――久しぶりね、春陽くん。会えて嬉しいわ」  湊の母が柔らかく答えたあと、父親も軽く頷く。  それから湊も、頃合いを見計らっていたように声をかけてきた。 「父さん母さんっ、もう場所とってあるから。こっちこっち!」  湊の手招きで、一行はレジャーシートの上に並んで腰を下ろす。  挨拶もそこそこに、持ち寄った弁当を広げて、さっそく昼食をとることになった。ほんのりと漂ってくる独特の香りが、青空のもとで食欲をそそる。 「わあ! おべんと、いっぱいだねえ!」  優がウキウキと声を上げた。  弁当箱を開けるたびに、色とりどりのおかずが姿を見せる。  春陽はおにぎりをはじめとした、優の好物の数々。湊の母はサンドイッチをメインに、揚げ物や煮物……と和洋折衷で、手間のかかったものを用意してくれたらしい。

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