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第3話 一歩、踏みだす勇気(4)
「す、すごい……っ!」
思わず春陽が感嘆の声を漏らすと、フフッという上品な笑いが返ってきた。
「ついつい作り過ぎちゃったの。優くん、好きなものある?」
「はいっ! ゆうは、からあげがすきです!」
ビシッと挙手して宣言する優を、湊の母は微笑ましそうに笑う。
詰め合わせたおかずの中から、唐揚げを一つ摘まむと、紙皿の上にそっと乗せてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとーっ!」
優は大きな声で礼を言って、早々と唐揚げにかぶりつく。
「なにこれっ、あまい! おいひーっ!」
両手で頬を抑えて、満面の笑みを浮かべる優。不意にその視線が春陽に向けられる。
「パパもたべてっ、たべて!」
「じゃ、じゃあいただきます」
勧められるままに、春陽も一つ口に運んだ。
唐揚げにも一手間かかっているらしい。カラッと揚がった鶏肉に、甘だれがよく絡んでいて、口に入れた瞬間に濃厚な風味が広がっていく。
まさに、大人も子供も好きな味付けと言うべきか。春陽は目を大きくさせて、思わず口元を抑えた。
「わっ、おいしい! お肉もジューシーだし、タレもちょうどいい甘辛さでっ……これ絶対、ご飯に合うやつ!」
「ふふ! ちょうど春陽くんが、おにぎり作ってきてくれてよかったあ。こんなの相性抜群よねーっ」
湊の母が満足そうに微笑みながら応じる。
その横で、湊の父は黙々と箸を動かし、息子と向き合いながらおかずを口にしていた。ふと優がそちらに近寄って、手元を覗き込む。
「ねえ、それなあに?」
「これ? これは里芋の煮っころがしだよ」
湊の父が、少し驚いたように眉を上げて答えると、優は目をぱちくりとさせた。
「さと……いも? おいも?」
「そう、お芋」
「おいもっ! ゆうも、おいもたべたい! じいじといっしょがいい!」
その刹那、箸を持つ手がピタッと止まった。
「じいじ……っ」
小さく呟いて、目元に手をやる。
今度は湊の父が、里芋の煮っ転がしを取り分けてくれるようだ。ほくほくに煮えたそれを口に含むと、優はすぐさま声を上げる。
「んーっ、んまーい! ゆう、これすきっ――ばあば、おりょうりじょうずだねえ!」
「ばあば……っ」
湊の母もふるふると身を震わせたのち、口元に手を当てた。
祖父母がそろって目を潤ませているのが、不思議だったのだろう。優はきょとんと首をかしげたのち、ごく自然な仕草で二人の袖を引っ張った。
「じいじ! ばあば!」
……まるで、後光が差しているかのようだ。
キラキラと眩しい笑顔と一緒に、優があらためて呼びかける。
たったそれだけで、湊の両親も、そして春陽も胸がいっぱいになってしまった。
「ちょっとちょっと! みんなして泣きそうにならないでよっ!?」
一様にじーんとしていたところに、湊がツッコミを入れてくる。
その表情は呆れているというより、嬉しさや照れくささが滲んだもので、自然と笑い声が弾けたのだった。
――ひとしきり食事が終わり、弁当を片づけだした頃。
両親の目配せを受けて、湊がすっと立ち上がった。
「優、ちょっとあっちで遊ぼっか? ここ、おっきな滑り台があるんだってさ。知ってる?」
「うんっ! すべりだいね、こーんなおっきいの!」
腕を大きく広げてみせる優に、湊が笑って相槌を打つ。
春陽はというと、取り残されることに少し不安になっていた。無言で湊の顔を見上げると、湊は何かを察したかのように、こちらの耳元へ顔を寄せてくる。
「……近くの遊具のとこ、ちゃんと見える位置にいるから。何かあったらすぐ呼んで」
そう耳打ちしてくる声はやはり優しい。春陽は不安が薄れるのを感じながら、こくんと頷いた。
「じゃあ、いってきます」
「いってきまーす!」
湊と優は並んで、滑り台のある遊具エリアへと走っていく。
レジャーシートには、春陽と湊の両親の三人が残された。
先ほどまでの賑やかさが嘘のようだ。静寂のなか、湊の父が膝に置いた手をきゅっと握りしめ、口を開いた。
「春陽くん、今日はありがとう。こうして会ってもらえて、心から嬉しく思っているよ」
「いえ、こちらこそ……っ」
どこか張り詰めたような声音だった。じきにその頭が深々と下げられる。
「本当に申し訳なかった。親として、息子の非礼を心からお詫びします」
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