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第3話 一歩、踏みだす勇気(6)
空が茜色に染まりつつあるなか、春陽と湊は公園をあとにし、帰路についていた。
優はまるで電池が切れたように眠ってしまい、今は春陽の背中で静かに寝息を立てている。
「おんぶ、代わろっか?」
隣を歩く湊が、気遣わしげに声をかけてきた。
「大丈夫。優軽いし、バッグ持ってもらえるだけで十分ありがたいよ」
言うと、湊は表情を緩める。
「優、遊び疲れちゃったのかな。今日はいっぱいはしゃいでた気がする」
「だね。いつも大人には人見知りする方なのに、あんなに懐いてさ。挨拶にしたって、俺よりもはっきりできちゃうんだもん……びっくりしたよ」
春陽の声はどこか誇らしげだった。
湊もまた、目を細めて返してくる。
「……多分だけどさ。春陽さんが緊張してたの、伝わったんじゃないかな?」
「え?」
「優って、誰よりも春陽さんのこと見てるし。自分が頑張んなきゃって思ったんだよ、きっと」
不意にかけられたその言葉が、すとんと胸に落ちてきた。
背中で眠る優の体温を感じながら、今日一日のことをあらためて思い返す。
「うん、そうかもしれないね。優には、本当に助けられてばかりだ――それに」
と、春陽は湊の方へと向き直る。
「湊くんにも」
「――……」
「俺、ご両親に会えてよかった――心からそう思えてる。君がいてくれなかったら、こんなふうに肩の荷が下りることなんてなかったと思うんだ……だからありがとう、湊くん」
心からの感謝を込めて、噛みしめるように言葉を続けた。
湊は少し照れくさそうに視線を外す。
「そんな、大したことしてないって」
「ううん、してくれてるよ。何かお礼ができたらいいんだけど……湊くんは欲しいものとかない?」
ふとした思いつきで、春陽は何となしに問いかけた。
かたや、湊の足が止まる。今度は真っ直ぐにこちらを見つめてきて、
「……春陽さん」
低く小さな声で、確かに名前を呼んだ。耳に届いた言葉に、春陽も思わず立ち止まる。
燃えるような夕日が、二人の頬を赤く染めていた。
しばし見つめ合ったまま――けれど、やがて湊が慌てたように口を開く。
「春陽さん……と、優と俺で、またどこか遊びに行きたいって思うんだけど。ほら、もうすぐゴールデンウィークだし? たまには遠出とかどうかなーって」
「あっ! そういうこと!?」
つい裏返りそうになる声を、春陽はなんとか抑えた。些細なやり取りだというのに、顔が熱くて堪らない。
(ちょっと、ドキッとした……)
――気づかないはずがなかった。本当は、気づいていた。
『春陽さんが好きなんだ……前から、ずっと』
あのとき、告白された言葉が今も胸に残っていた。あんなふうに純粋な気持ちを向けられて、伝わらないはずがない。
しかし、大人はずるいものだ。
気づかないふりをして、見て見ぬふりをして、のらりくらりとやり過ごしてしまう。
(駄目だよ、湊くん。俺のことなんて……)
――好きになったら駄目。まだ学生なんだから、もっと相応しい相手がいるよ。俺とはこれまでどおり、友達でいようよ。
そう思うのに、いつだって気づけば……、
「春陽さん?」
その声にハッとして、春陽は思考を追いやった。視線を戻すと、ごく自然に笑ってみせる。
「……いいね。どこ行こっか?」
いつもどおりを装って、あたかも相手の想いに気づいていないかのように。
ただ、どこか胸の内がチクリと痛んだ。それは単に、相手への罪悪感だけなのか、それとも――。
* To Be Continued *
>>> 第4話「きっと思い出になる一日」
>>> 小ネタ「GW、どこ行く?(第3.5話)」
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