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第5話 傷の記憶と、触れた温もり(3)

「へえ……」  低く、呟くような声だった。  火をつけ終えると、啓介はゆっくりと煙を吐き出しながら向き直った。 「俺のに会ったんだ?」  どうしようもなく(かん)に障る言い方だった。湊は感情を押し殺して答える。 「……うん、すごくいい子でさ。春陽さんは育児も、家事も、仕事も全部こなして、ずっと一人きりで頑張ってた。今だって懸命に――父親として」 「あーらら。本当の父親は俺だってのに」 「っ! 責任も取らないくせに、『父親』なんて名乗るなよ!」  おどけた口調で言う啓介に、湊はカッとなって言い返していた。  啓介は相変わらずニタニタと笑っている。 「んな、今さら言われても。お前らだって、俺が口を滑らせなけりゃ、一生知らないままだったろ?」  湊はぐっと言葉を詰まらせた。  その沈黙を面白がるように、啓介が唇の端を吊り上げる。 「いやー、我ながらやっちまったよなあ。親父がよ、やたらしつこく最近の俺のこと訊いてくるもんでさ。ちょっとムカついてさ~、驚かせてやろうと思って……ポロッと!」  悪びれた様子もなく、軽い調子で語る啓介に、湊は背筋が寒くなるのを感じた。  まるで他人事だ。こともあろうに、ふざけた感覚で子供の存在を明かしたというのか。 「あんたさ……人の人生を、人の命を何だと思ってんだよ。自分の子供なのに、なんでそこまで無関心でいられるんだよ……っ」  湊は一歩、啓介に詰め寄った。  いまだに、「元気にしているか?」の一言もないのが信じられない。優の父親であるはずの男は、紫煙をくゆらせるだけだ。 「おー怖い怖い! なにマジになってんだよ、湊。お前からしたら、たかが他人だろ? いい子ちゃんだからって、正義ヅラしてさ――」  そこでふと、啓介がハッとしたような顔になる。 「それともなに? まだ〝春陽さん〟にご執心ってワケ?」 「っ……そんなの、今は関係ないだろ!?」  思いもよらぬ言葉に、湊は動揺を隠せなかった。  啓介は煙草の灰を落とし、少し考える仕草をしたかと思えば、不意にこちらの耳元へと顔を寄せてくる。  そして、囁くように告げたのだった。 「もしかして、ヤッた?」 「は……?」 「えー、言わせる? 春陽とエッチしたかってことだよ! ああ、可愛い弟クンもついに童貞卒業ってか~……俺ので、さ」 「――!」  からかう材料が見つかって、さぞ嬉しいのだろう。「《穴兄弟》エグすぎ!」と、啓介が心底愉快そうな笑みを浮かべる。 「あいつ基本マグロだし、ヤッててもつまんなくね? オメガだからイケると思ったけど、やっぱ男とか萎えるし。……あーでも、アルファだと発情期(ヒート)セックスができんのか。まったく弟クンが羨ましい限りだねえ!」  もはや、何も頭に入ってこなかった。  湊の奥歯がギリ、と音を立てる。  血が沸騰するような怒りが全身を駆け巡り、突然何かが〝切れた〟感覚があった。 「ふざけんじゃねえよ!!」  相手の襟元を無造作に掴み、力任せに引き寄せる。  続けざまに、握った拳を高く振り上げた。 (こいつのせいで、春陽さんが……っ!)

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