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第5話 傷の記憶と、触れた温もり(6)
(もう、どうしようもなく……この人が愛おしくて――二度と離したくなんかない)
力を込めたら、壊れてしまいそうなほどに華奢な身体。頬へと触れる柔らかな髪の感触。そして、微かに香る甘い香り……。
すべてが愛おしかった。湊は春陽を抱きしめたまま、肩口へと顔を埋める。
「湊、くん……?」
不意に、か細い声が頭上から降ってくる。
湊はすかさず顔を上げた。そこには、どこか困ったような春陽の顔がある。
「ご、ごめん! なんか気づいたら……っ」
勢いよく身体を離して、弁解しようとするも言葉が出てこない。……いや、むしろここは押すべきなのだろうか。
思い悩む湊をよそに、春陽は目を細める。
「いいよ」
「えっ!?」
思いがけず、大きな声が出てしまった。
「春陽さんっ、それって……つまり」
「嫌なことあると、ぎゅーってしたくなるよね? 優もそうなんだ」
ホワイトタイガーのパペットを掲げ、ふわふわの前足で湊の胸元を叩いてくる。にこーっ、という笑顔が無性に切なかった。
先ほどとまったく変わらないというか、歳の離れた弟をあやしているかのようで……。
(ここまで来ても弟扱い……っ! つーか春陽さんのなかで、俺って中学生のガキのまま!?)
いや、下手に勘ぐるのはよくない。さすがに考えすぎだと思いたい。
気づけば、いつも春陽の言動に、一喜一憂してしまう自分がいる。
都合のいい答えが返ってくるはずもないのに、勝手に浮かれて、勝手に落ち込んで。けれど、結局は期待してしまって……。
自分でもどうしたらいいのか、たまにわからなくなる。
けれど、今はっきりと確信した――この感情はどうしたって抑えようがないのだと。
「っ、春陽さん……」
と、もう一押ししようと視線を戻した矢先、
「だけど、湊くんはもう大きいんだし。……こういった場所じゃ、ちょっとね?」
春陽が苦笑を浮かべて、言葉の続きを述べる。
周囲を見渡せば、目に入ってくるのは家族連れの姿ばかり。衝動的な行動だったとはいえ、年下扱いされるのも無理はないような気がして、今になって羞恥が沸き立ってくる。
「あーっ、顔洗ってくる! 頭冷やさないと!」
「ん、いってらっしゃい。ゆっくりでいいよ?」
パペットで手を振って見送る春陽。
かたや湊は、脱兎のごとく走り去っていった。
◇
……そうして、湊の背中を見送ったのち、残された春陽は人知れず息をつく。
しゃがみ込むように屈み、胸のあたりを両手でぎゅっと押さえた。
「――……」
力なく眉尻を下げる。
湊は知らない――その頬が、真っ赤に染まっていたことを。
* To Be Continued *
>>> 第6話「この熱は君のせい」
>>> 小ネタ「三角関係未満の彼ら(第5.5話)」
>>> 小ネタ「寝込みを襲う不届き者(第5.5話)」
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