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小ネタ 寝込みを襲う不届き者(第5.5話)

 昼食後のキッチンには、流れる水音と、皿が軽く触れ合う音が小さく響いていた。 「湊くん、ありがとう。お手伝いしてくれるの、すごく助かるよ」  背後から春陽の声が届く。かたや湊は水滴を払いつつ、肩越しに応じた。 「後片付けくらい当然っ。美味しいご飯ご馳走になったし! 春陽さんはゆっくり休んでてよ?」 「ん……じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな」  控えめに言って、春陽はリビングへ戻っていく。  それからしばらく。  湊が洗い物を終えたところで、今度は小さな足音が近づいてきた。 「みーくん! パパねちゃった!」  優に手を引かれる形でリビングに向かうと、春陽がソファーで眠っていた。  肩の力が抜け落ち、穏やかな表情で寝息を立てている。疲れがたまっていたのか、もしかしたら一瞬で寝入ってしまったのかもしれない。 「優。パパには内緒で、二人で遊ぼっか?」  目線を合わせたのち、ひそひそ声で提案する。途端に、優の目が真ん丸になった。 「ないしょ!?」 「そう、内緒。だから……しーっ。パパにバレないようにね?」  唇に指を当てると、優も真似をして「しーっ」と囁いてみせる。  どうやら遊びとして捉えてくれたようだ。忍び足でソファーから離れていく姿も、すっかり楽しげだ。  その様子を見届けながらも、湊の視線がふと春陽の方へ戻る。  静かな寝息、緩やかな肩の上下。……柔らかく影を落とす、長いまつ毛。  湊は吸い寄せられるように近づき、ドキドキと顔を覗き込んだ。 (あらためて見ても美人っつーか……すげー無防備。今ならちょっとくらい触っても、バレなさそ――)  魔がさしたとでも言うべきか、つい身を屈めてしまう。あと数センチで触れるところまでいき――、 (いや、最低だろっ!?)  湊は慌てて身を引き、自分の頬を叩いた。  すると、すかさず小声で注意が飛んでくる。優がこちらを睨みながらやって来た。 「もーっ、だめだよ! ないしょで、あそぶんだからあ!」 「あっ……す、すみません。神に誓って、もう致しませんっ!」  湊はたまらず膝をつく。  かたや優は「しょうがないなあ」と言わんばかりに、眉間を緩めた。ふっと表情を変えて、頬に手を伸ばしてくる。 「ほっぺ、いたかったでしょー? いたいのいたいの、とんでけー」  ……その気遣いが嬉しくもあり、同時に居たたまれなさも込み上げてくるようだった。  青少年の片思いは、ますます募るばかりである。

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