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第6話 この熱は君のせい(1)
なんとなく身体が重い。熱っぽいような、気怠いような――そんな曖昧な不調に、春陽は病院まで足を運ぶことにした。
普段は滅多に体調を崩さないし、オメガ性も安定していたしで、検診といっても簡単な問診程度で済むことが多かった。
……だから、少しだけ落ち着かない心地だ。
診察室に案内されると、春陽は椅子に腰を下ろしながら、膝上で指を絡めた。
柔和な雰囲気の男性医師は、パソコンに目を落としたのち、検査結果のデータ表をこちらに見せる。
「清水さん、オメガ性の数値についてですが――今回、やや上昇が見られました」
医師の口調は決して不安を煽るものではなかったが、春陽はすぐに言葉が出てこなかった。
「えっと……薬を常用するほどでは、ないんですよね?」
「はい、常時の服用は不要です。基準値の範囲には収まっていますし、抑制剤もこれまでどおり、周期に合わせての使用で十分です」
医師は「ただ……」と前置きしながら、データの一部を指し示す。
「先ほども申し上げたとおり、今回の検査では、前回に比べてオメガ性の数値が上昇しています。そのため、発情期 の兆候が強く出てしまっているようですね」
「発情期 の兆候、ですか……」
こうして検査結果を見せられると、なるほどと納得する。
最近の不調は、疲れが溜まっているせいかとも思ったけれど、オメガ性が身体に影響を及ぼしていたらしい。
医師はパソコンの画面をスクロールしながら、言葉を続けた。
「ちなみに最近、アルファ性の方との接触はありましたか?」
「せっ、せせっ!?」
不意打ちのような問いに、思わず裏返った声が漏れる。一気に顔が熱くなるのがわかった。
(接触って……)
湊に抱きしめられたときの感覚が、鮮明に蘇る。
温かくて、頼もしくて、ドキドキとして――でも、それだけではなく、内側からぞくりとするようなものを感じて……。
「ああ。肉体的な関係があったか、ということではなくてですね。たとえばご近所や職場、あるいはよく顔を合わせる知人の中に、アルファ性の方がいらっしゃるかどうか――と、その程度のことで」
「あ、あーっ……ですよね!」
一人で盛り上がってしまったのが恥ずかしい。春陽は口元に手を当てて、「ええと」と言葉を探した。
「友人にアルファの人がいます。近頃は会う頻度も多くて」
「というと?」
「ここ数か月、三か月くらい前からでしょうか? 今では週一程度で会うようになっています」
春陽が答えると、医師は「そうですか」と返して、パソコンになにやら打ち込んでいた。
「あの、そういうのって何か関係あるんでしょうか? 影響が出るもの、というか」
気になって問いかければ、医師は静かに言う。
「個人差はありますが――相性のいいアルファが身近にいることで、発情期 周期が早まったり、抑制剤が効きづらくなったり……と、体質に変化が出るケースは実際あります。特に清水さんのように、もともと数値が低めの方だと影響されやすいですね」
「……相性のいい、アルファ」
春陽はぽつりと呟いたが、相手には聞こえなかったらしい。
「今回はやや強めの抑制剤をお出ししておきます。あとはもう、いつもどおり過ごしていただいて結構ですよ。次回以降、経過を見て調整していきましょう」
医師はそう言いながら、処方箋を書いていく。
ぼんやりとしたまま診察を終え、薬を受け取った頃には、すっかり正午近くになっていた。
春陽は、どこかふわついた足取りで歩き出す。
次に向かったのは、近所のスーパーマーケットだった。
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