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第6話 この熱は君のせい(3)
◇
湊と会うことがすっかり日課となった、週末の午後。
春陽はキッチンで、冷蔵庫の扉を静かに開けた。
中には、朝から仕込んでおいたタルトタタン。ガラス皿にずっしりと重たく、林檎のキャラメリゼが艶やかで、ボリュームも見た目も上々だ。
「よし……いい感じ」
出来栄えにホッとしつつ、慎重に冷蔵庫から取り出す。
それに反応するように、リビングから優の足音が近づいてきた。
「ねえねえっ、もうたべていいの?」
「まだだよ。湊くんが来たら、みんなで一緒にね」
「そっかあ。みーくん、はやくこないかなー?」
優が期待に目を輝かせながら、玄関の方をじっと見つめる。
春陽はその様子に微笑みつつ、すぐに食べられるよう準備を進めていった。
しばらくしたのち、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。
「きたっ!」
優がパッと玄関へ駆けだす。
春陽もまた「はーい」と返事をし、エプロンの紐を外しながら向かった。
「いらっしゃい、湊くん」
ドアの向こうには、どこかソワソワとした様子の湊の姿があった。
「こんにちは、春陽さん。なんかすげー甘い匂いすんね?」
言って、軽く鼻をひくつかせる。
「あれっ、外まで漂ってた……かな? 実はね、今日はお菓子作ってみたんだ」
「えっ、本当!?」
表情を明るくする湊。そして、優が元気よく顔を覗かせた。
「きょうのおやつは、とくべつなんだって! パパがケーキつくってね、みーくんがきたら、いっしょにたべよーって!」
「あはは、待っててくれたの? ありがとーっ、みんなで『いただきます』しよっか!」
「うんっ、しよー!」
優に手を引かれるようにして、湊が「お邪魔します」と笑いながら玄関を上がる。
仲睦まじい二人を微笑ましく思いつつ、春陽はドアを閉めてリビングへ戻った。
「わあっ……これってもしかして、タルトタタン?」
テーブルに置かれたそれを目にして、湊が驚いたように言う。
「うん、そうだよ。よく名前出たね?」
「だって、前にも春陽さんが作ってくれたし。あれ、めちゃくちゃ美味かったもん」
湊は真っ直ぐな眼差しで、こちらを見てくる。
かたや春陽は、絶妙な具合でやや視線を逸らしてしまった。
「覚えててくれたんだ?」
「当然でしょ? あんなに嬉しかったのに、忘れるわけないって!」
……迷いもないのがずるい。「まさか、また食べられるなんて」などと言葉が続いたが、それ以上聞いてしまったら、顔が赤くなってしまいそうだった。
「そっ、かあ……俺、お茶淹れてくるから、二人は座ってて?」
誤魔化すように言って、春陽は慌ただしく引っ込む。
ティーポットに熱いお湯を注ぎながら、がくーっと項垂れてしまった。
(今に始まったことじゃないけど……好意がっ、好意が真っ直ぐすぎる!)
些細なやり取りだというのに、心臓がドキドキとして堪らなくなる。
まったく、今日はどうしたというのだろう。まだ会ったばかりだというのに、この時点でもう胸がいっぱいだ。
(顔、赤くなってないよね? 大丈夫だよねっ?)
念のため、頬に手を当てて確認してみる。うっすら火照っている気がしたので、おしぼりで軽く冷やしてみたが――効果のほどは不明だ。
そうこうしているうちにも、リビングから声が投げかけられた。
「パパー! みーくんね、『はやくたべたーい!』って!」
「優! しーっ!」
優の笑い声が聞こえてくる。どうやら湊とおしゃべりしていたらしい。
その声に背中を押されるように、春陽はティーセットとジュースが乗ったトレイを持ち上げた。
「はーい、今いくよ」
リビングに向かうと、二人は行儀よく並んで座っていた。
タルトタタンを前にじっと待っている様子が、なんだか「待て」でもしているような飼い犬みたいで、クスッとしてしまう。
「お待たせ。じゃあ、食べよっか?」
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