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第6話 この熱は君のせい(4)
三人で「いただきます」と手を合わせ、タルトタタンにフォークを入れる。
口に運べば、舌の上にじゅわりと甘酸っぱい味わいが広がった。
林檎にアプリコットジャム。焦がしキャラメルの、ほんのりとした苦みがアクセントになっていて、しっかりと調和している。
土台のタルト生地も、サクッとした食感がやみつきで、紅茶との相性も抜群だ。
「これ、やっぱ最高! すっげえ美味いよ、春陽さん!」
「ありがとう。でも、ちょっと大げさだよ」
「大げさじゃないって。あーほんと幸せ……春陽さん、料理うますぎる」
「………………」
ドキドキしながら作ったぶん、喜んでもらえたのが純粋に嬉しかった。
湊はまるで感動を噛み締めるように、一口ずつ丁寧に味わう。
一方、優はというと、両手をバタバタとさせながら、口いっぱいにタルトタタンを頬張っていた。
「わっ、優! ゆっくり、ゆっくり食べよっ?」
「んいひぃ~っ!」
「もう、仕方ないなあ……ちゃんとお利口さんで待ってたもんね?」
「うん!」
ほっぺたを膨らませながら、満面の笑みを浮かべる優。春陽の頬も自然と緩んで、優しく頭を撫でてやった。
その後も三人で談笑しながら、タルトタタンを平らげていく。
やがて優は、「すこし、よこになる……」と満足そうな顔のまま、ごろんと寝転がった。
瞼が重たそうなのがわかる。きっと、お腹が満たされて眠くなってしまったのだろう。
「あはっ、優くんはお昼寝タイムかな?」
春陽がタオルケットを掛けてやると、優は小さく頷いて、すぐに穏やかな寝息を立て始めた。
途端にリビングが静かになる。時計の針は、午後四時を少し過ぎたところだった。
「こういうのいいよね。休日らしい時間の使い方っていうかさ……なんか落ち着く」
湊が独り言のように呟く。
「そうだね。のんびり過ごせる何もない日って、一番贅沢かも?」
春陽は紅茶のおかわりを注ぎながら、柔らかく応じた。
すると湊が、顔を覗き込むようにして、首をかしげる。
「……? 春陽さん、顔赤くない?」
「えっ!?」
春陽は慌てて、自分の頬に手を当てた。
先ほどから、なんとなく熱い気がしていたが、やはり赤くなっていたのだろうか。
「そ、そんなことないと思うけど……気のせいじゃない?」
できる限り平静を装いながらも、声がほんの少し上擦ってしまっていた。
「そうかな? なんか――」
と、湊がさらに何か言いかけたときだった。
テーブルの上に置かれていた、湊のスマートフォンがブブッと震えた。
湊はそちらに一瞬だけ目をやるも、手を伸ばそうとしない。そのまま会話が続けられるのかと思いきや、立て続けに二度、三度と小さな振動が響く。
「ちょっとごめん」
さすがに無視しきれなかったのだろう。湊は低く呟いて、スマートフォンを手に取る。
画面を見た途端、表情がわずかに曇った気がした。
「なにかあったの?」
春陽が問いかけると、湊はため息をついた。
「大したことじゃないよ。大学の友達から、『今日コンパがあるから来ないか』って誘い」
「コンパ?」
「人数足りないらしくて、代打で来てくれないかって。急に言われても困るってのに」
……湊の言葉に胸がざわつく。
楽しくてならない時間が、唐突に終わりを告げてしまったような。そんな寂しさを覚えずにはいられなかった。
「そっち……行っちゃうの?」
言ってから、自分で驚いた。あまりにも無意識的だったのだ。
相手もまた驚いたように目を瞬かせていたが、ややあって唇が弧を描く。
「行かないよ」
そう穏やかに笑って言った。まるで当たり前であるかのように。
「べつに興味ないし、酒だってまだ飲める歳じゃないし。それに――俺は、春陽さんたちと一緒にいる方が楽しいしさ」
「………………」
言葉が出てこない。春陽はうつむき、「そうなんだ」としか返せなかった。
(ああ、どうかしてる)
湊がこちらを優先してくれたのが、こんなにも嬉しいだなんて。
そのくせ、どうしようもなく自分が嫌になる。
気づかないふりをして、誤魔化して、いつだって逃げてばかり。それなのに一緒にいたいだなんて、勝手なことを考えている――そんな自分が。
おずおずと顔を上げれば、優しげな眼差しとかち合って、なおさら居たたまれなくなる。それでも、気持ちを押し込めようとしたそのとき。
ぶわっ――と、突き上げるような熱が、下腹部から一気にほとばしった。
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