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第6話 この熱は君のせい(7)★
かろうじて紡いだ言葉は、呆れるほどに子供じみていた。
「ちゃんと、洗って返すから。……だめ?」
湊は大きく目を見開いて固まる。
けれど、無言でシャツを脱ぐなり、そっと春陽の肩にかけてくれた。
「………………」
何か言いたげな目をしていたが、一言も発さず、唇を噛み締めて部屋を出ていく。礼を返す暇もなかった。
玄関のドアが閉まる音。わずかな間のあとに、カチャンとポストの口を通して、鍵が戻された音が聞こえてくる。
それを合図にするように、春陽は力なく床へ突っ伏した。
――夏らしい、薄手の白いYシャツ。残されたそのシャツを胸元に引き寄せると、迷わずに鼻先を埋めた。
(湊くんの、におい……)
柔らかな布地に染みついた匂い。
柔軟剤の優しい香りに混じって、湊自身の匂いが確かに感じられる。
少し汗を含んでいて、けれど決して不快ではなくて。清潔で、穏やかで、どこか懐かしくさえ思える匂い。
その匂いを胸いっぱいに吸い込むたび、身体の疼きがひどく増してならない。
「ん……ふっ……」
春陽は思わず、太腿を擦り合わせてしまっていた。
熱い。やり場のない熱が、じわじわと全身を焦がしていく。
(湊、くん……)
シャツを抱きしめたまま、ゆっくりと目を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは、たった今までそこにあった愛しい姿――。
『……春陽さん、いい匂い……』
『なんで、こんな匂いさせてんの……?』
耳の奥に、熱っぽい声がまだ残っていた。
首筋に触れた吐息。あの唇が、自分のうなじに近づいてきた瞬間――そんなものを思い出すだけで、容易く股の間が熱くなってしまう。
(だめだって、わかってるのに……頭が、身体が……勝手に……)
熱を持った下腹部が、じんじんと疼いて止まらない。
本能が欲しがっている。抱かれたいと、他でもない彼のことを求めてしまいそうになる。
……抗おうにも抗えない自分が情けなくて、悲しくて、つらかった。
(っ、湊くん……みなと、くん――)
こんなふうに、のぼせた頭で考えてはいけないとわかっているのに。それでも胸の奥では、繰り返し名前を呼んでしまう。
まるで呼び水のようにそこが濡れていって、もはや身体は言うことをきかなくなっていた。
「はっ、ぁ……ん……っ」
理性も擦り切れて、脳が酩酊していく。
どうしようもない本能に抗えず、春陽はただひたすらに残り香に縋るのだった。
* To Be Continued *
>>> 第6.5話「甘くて優しくて、溶ける」
>>> 小ネタ「ラット化、その後(第6.5話)」
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