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第6.5話 甘くて優しくて、溶ける(1)

 週が明けた。  ひとまず抑制剤は効いているはずだ。熱もいくらか引いた気がするし、思考もだいぶクリアになっていた。  けれど、腹の奥でくすぶるような疼きはまだ残っていて、何をどうしたってスッキリとしない。 (発情期(ヒート)なんて何年ぶりだろう。こんなにしんどかったっけ?)  春陽はティッシュを丸めて、ため息とともにベッドへ身を沈めた。  発情期(ヒート)は、大体一週間ほどで落ち着く。それまでの辛抱だ。  優には心配をかけてしまったにせよ、一応どうにかなっている。  しばらくシッターを頼ることにしたし、園への連絡も済ませてある――だから、今は大丈夫。ときにはのんびり過ごしたっていい。  そうは思えど気が休まらないもので、無意識のうちに、傍に置いてあったシャツへと手が伸びていた。  湊が残してくれた、白いYシャツ。この匂いを嗅いでいると、少しだけ心細さが緩和されるような気がする。 (ドキドキするけど、安心する……)  夢中になるうち、太腿の内側がじんわりと熱を帯びていくのを感じた。  ……これで何度目だろう。もうずっとこんな調子だ。 「もう、参っちゃうなあ」  真っ赤になりながら、ティッシュケースへと手を伸ばす。  そのとき、手元にあったスマートフォンが震えた。確認してみれば、LINEの通知が表示されている。 《調子はどう? なにか必要なものとかあったら言って!(玄関に置き配するから!)》  差出人は湊だった。  いたってシンプルなメッセージにもかかわらず、春陽の心臓はドキッと音を立てる。 (湊くんが、また気づかってくれてる……)  つい先日、あんなことがあったばかりだというのに。普通なら、気まずくなってもおかしくないのに――。  春陽は繰り返し、メッセージを読み返す。  湊らしい、軽やかな文面。だけど、そこにどれだけの思いやりが詰まっているか、春陽には痛いほどわかった。  スマートフォンを両手で持ち直すと、せっせとメッセージを打ち込む。 《ありがとう! ひとまず薬は効いてるみたいだから大丈夫》 《気持ちだけで嬉しいけど……もしよかったら、バニラアイスが食べたいです》  ちょっとした甘え心で、思いつくまま素直な願いを書いてしまった。  迷った末に送信ボタンを押したあと、大した間もなく返事が来る。 《了解! すぐにお届けします!》  その返事に、また嬉しい気持ちが膨らんだ。  アイスが食べたいだなんて。ちっぽけな願いを叶えるために、買い物をして、自宅まで届けてくれるというのか。  仰向けになって、天井をぼんやりと見つめながら、ソワソワと落ち着かない心地で過ごす。  ――そうして、数十分ほど経った頃。チャイムの音が鳴った。  春陽は身体を起こして、玄関へ向けてゆっくりと歩いていく。 「あっ、玄関は開けないでっ!」  気配に気がついたのか、ドアの向こうから声が飛んできた。  そのままドアを隔てて、こちらも返事をする。 「う、うん……ありがとう、湊くん。わざわざ来てくれて……」  胸の奥がじんわりと温まる。  言葉どおり、本当に来てくれた。子供じみたわがままを受け止めてもらえることが、新鮮で、嬉しくてならない。  けれど、そんなふうに喜んでしまう自分が、どこかずるい気がして。先日のことを思い返せば、やはり申し訳なさが込み上げてくるようで――。  春陽は小さく息をついて、「それと」と言葉を付け加える。 「……昨日はごめんね。本当はあんなこと、したくなかっただろうに」  どうしても謝りたくなってしまった。口にした途端、一気に気持ちがしぼんでいく。

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