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第7話 君が追いかけてくれたから(4)

「俺の気持ち、どうしたら伝わる? ちゃんと伝わってる、って……思っていいの?」  まるで、こちらを射抜くかのような瞳だった。  反射的に、春陽は顔を逸らしそうになって――けれど、ぐっと踏み止まった。  視線だけ落としたのち、口を開く。 「……伝わってたよ。初めて告白されたときから、ずっと。でも俺は卑怯だから……気づかないふりしてた」  とてもじゃないが、相手の顔なんて見ていられなかった。ただ、驚愕の表情を浮かべているのは、顔を見ずとも伝わってくる。 「そんな、どうして?」 「だって、俺には優がいる。学生らしい〝普通のお付き合い〟なんて――したくても、してあげられないんだよ。湊くんはまだ若いんだし、俺なんかより、他の人の方がいいに決まってるよ……っ」  春陽は膝の上で、ぎゅっと拳を握りしめた。  湊が何か言い返そうとする気配を感じたが、それを制するように言葉を続ける。 「だから気づかないふりして、何も言わずに済むならそれでいいって。いつか諦めてくれたら、って……そうやって身勝手に、どこまでも都合よく思ってた。……だけどっ」  知らずのうちに声が震えていた。  けれど、もう止められなかった。そこから先は、抑えていた感情が(せき)を切ったように溢れ出していく。 「湊くんは、いつだって真っ直ぐでっ――いくら俺が逃げたって、真っ向から好きだと言ってくれて……たくさん支えてくれて。そのうち俺も、君がどこか他のところへ行くのは、嫌だと思うようになって……」  そう言って、春陽は両手で胸元を押さえる。  これがどういったの気持ちなのか、もう誤魔化しようがなかった。 「気づいたら、湊くんのことを考えてる自分がいて……こんなの初めてだった。自分でもどうしたらいいのか、わかんなくて。駄目だって、思うのに――俺には優がいてくれたら、それでもう十分なのに……っ!」  ただ流されていた、あの頃とは違う。  今まで生きてきたなかで、初めてだった。〝特別な意味〟で大切にしたいと、隣にいてほしいと願ってしまったのは。  しかし、それは同時に切なさを呼ぶもので。  手を伸ばせば届きそうなのに、届いてはいけないような気がして……。  春陽は胸の奥が焼けるように熱くなって、堪えきれずに目をつぶる。  息が詰まりそうな沈黙が訪れた。 「ねえ、春陽さん」  湊がおもむろに口を開く。 「優のこと、好き?」  あまりにも脈絡のない問いかけに、春陽はぽかんとしつつ目をやった。「……え?」と、間の抜けた声を漏らしてしまう。 「答えて」 「も、勿論、好きに決まってるよ」  言われるまでもない。春陽は迷いなく答えた。  かたや湊は、間髪入れずに続ける。 「じゃあ、俺は? ――好き?」 「……っ」  今度は、ぐっと押し黙った。  ただし、それも一瞬のこと。ごくりと喉を鳴らしたあと、小さく唇を動かす。 「優と、同じくらい……好き」  素直に打ち明けると、はああーっ……と、湊は深くため息をついた。 「何、それ」  あまりに重々しい声色に、春陽はあたふたとしてしまう。 「ごっ、ごめ」  と、謝りかけたときだった。 「俺のこと、めちゃくちゃ好きじゃん……っ」  湊が口元に手をやりつつ、くしゃりと笑った。  その表情は言葉にできないほどに嬉しそうで、照れくさそうで――でも、どこか泣き出しそうなほどに、感極まっていた。

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