49 / 78
第7話 君が追いかけてくれたから(5)
「やばい。嬉しすぎ……こんなに好きなの、俺だけじゃなかったんだ」
上擦った声色。掠れた息。
そのどれもが湊の本気を物語っているようで、春陽の心がまたもや震える。
そうして、思い知らされたのだ。
(俺、自分を蔑ろにして――ここまで想ってくれている人の気持ちまで、蔑ろにしていたんだ……)
いったい、どれだけ湊の優しさに甘えてきたことだろう。
ろくに考えようとせず、最初から自分は相応しくないと決めつけて――真剣な湊の想いに、きちんと向き合ってこなかった。わかっていたようで、わかっていなかった事実が、胸にじわじわと広がっていく。
「……ごめん。俺、湊くんの気持ちずっと蔑ろにしてたよね」
「いや、そんなこと」
「ごめんなさい」
そう繰り返して、深く頭を下げる。
湊は口をつぐんでいたが、そのうち「……うん」と、こちらの言葉を受け止めるように頷いた。そして、優しげに表情を緩める。
「春陽さんには、もっと自分に自信持ってほしいかな。すっかり口癖になってるでしょ? 『ごめん』とか『俺なんか』とかって」
「あ……」
思い当たる節しかなくて、春陽はハッと顔を上げる。
湊は穏やかな表情で、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「春陽さんはすごく素敵な人だよ。どこまでも優しくて、子供のために一生懸命で、人の痛みにだって寄り添ってくれて――そんな春陽さんを、俺は好きになったんだ」
彼らしい、真っ直ぐな告白だった。
柔らかな声で、それでいて一切の照れも誤魔化しもない言葉。
その一つ一つが心の奥に染み渡って、春陽の視界が思わず滲んだ。
「湊、くん……」
ふと、手の甲に温もりを感じる。視線を向ければ、湊の手が柔らかく重ねられていた。
「ねえ、春陽さん。他の人なんて考えられないよ」
その声色には切実な響きがあった。黒目がちな瞳が、春陽のことを捉えて離さない。
「歳とか立場とか関係ない。俺、こう見えてわがままだから、春陽さんじゃなきゃ絶対嫌だ」
「………………」
さらりと告げられた言葉はあまりにも重く、そして青臭かった。大きすぎるほどの好意を向けられ、春陽はしばし言葉を失う。
「……物好きにもほどがあるよ。そんなこと言われたら、もう」
やっとのことでそう返すも、やはりどこか卑屈で。ただ、湊はそれすらも愛おしそうに笑ってくれた。
「もう――なに?」
瞳は笑っているのに、真剣さが垣間見える。
……もう、逃げる理由なんてどこにもない。
ぐっと背筋を伸ばし、春陽は泣きたいほど熱い胸を抱えて、真正面から見つめ返した。
「俺も、湊くんが好き……ですっ。友達よりもずっと近くで――これから先も、君と一緒にいたいっ!」
胸の奥に押し込めていた感情――思いの丈をぶつけるかのように、精一杯の声を出す。
その瞬間、湊の目が大きく見開かれたのがわかった。
まるで耳を疑っているような、夢を見ているような表情。一瞬の静止ののち、ふわりと顔を綻ばせる。
「うん……っ」
感慨深げに頷き、湊はゆっくりと春陽の肩へ頭を預けてきた。
柔らかな頬が触れ、熱がじんわりと伝わってくる。それがまた、春陽の胸をさらに熱くさせた。
こんなにも近くで触れ合える――息が詰まりそうなほどの幸福感に、春陽の喉がきゅっと鳴る。一方、湊は静かに吐息を漏らした。
「……ほんとに、俺のこと……」
そこで言葉が途切れる。
春陽はどぎまぎしつつ、顔を覗き込んだ。
「み、湊くん?」
すると、湊は小さく笑みをこぼし、
「あー春陽さん、大好き……嬉しすぎて死にそう」
「えええっ!?」
肩口に落ちてくる声は、少しだけ震えていた。
春陽は驚きに声を上げながらも、ただその重みを受け止める。もしかしたら、湊の想いはまだまだ計り知れないものかもしれない。
「どうしよう。『嬉しい』以外、ガチで出てこねえ……」
なおも湊はしみじみと言い、こちらの肩にすり、と頬擦りをする。
「さっきの、録音しておけばよかった」
「なにもそこまで」
「俺にとっては、そこまでのことなの」
春陽が返す暇もなく、湊が顔を上げた。
いたずらを仕掛けるときのように、ニッと口角を上げる。
けれど、瞳に浮かぶのは子供っぽい遊び心だけではなかった。
「長年の片思い、すっごく重いから。……覚悟して?」
そこにあったのは、燃えるような熱情。耳元にかかる声は低く、甘く、ぞくりとするほどだ。
春陽の胸はもう、いっぱいになってしまった。
「かっ、覚悟……します」
冗談なのか、本気なのか。……そんなのきっと、どちらだっていい。
なんにせよ、こんなにも誰かに想われて、こんなにも誰かを想っている。
心地よくて、蕩けてしまいそうなほどに甘い――恋をする気持ちに、どうしようもなく心が弾んでいた。
* To Be Continued *
>>> 第7.5話「湊くんは「好き」が止まらない」
………………………………………
ともだちにシェアしよう!

