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第8話 恋する二人は××したい(2)
時間は刻々と進み、いまやリビングは落ち着いた空気に包まれていた。
ノートパソコンを閉じた春陽が、ソファーにもたれかかっていると、寝室のドアがそっと開く。
「優、寝たよ」
声とともに現れた湊は、柔らかい表情を浮かべていた。
「ありがとう。俺もちょうど今、仕事が片付いたところ」
「なら、タイミングばっちりだね」
自然な流れで、湊が隣に腰を下ろす。
春陽はちらりと壁掛け時計を見たのちに、問いかけた。
「結構遅くなっちゃったけど。時間、大丈夫?」
「大丈夫。少しでも長く、春陽さんといたいから」
単なる確認のつもりだったのに、不意打ちのように、湊が甘い言葉を返してくる。
春陽はドキッとして、返事を詰まらせてしまった。
「う、うん。そっか」
「あー……べつに変なことはしないから、身構えないでほしいんだけど」
こちらの反応をどう受け取ったのか、咄嗟に言葉を付け加える。
何気ないようでいて、その実ちょっと気恥ずかしそうで――。
顔を見つめているうち、湊は気まずそうに視線を逸らした。
「いや、本当はちょっと困ったんだよね。さっきのお風呂のときとか」
「? なにが?」
「春陽さん、タオル一枚だったでしょ? 男同士とはいえ、好きな人のそういう姿は……刺激が強いっていうか」
湊の言葉に、春陽は目を瞬かせる。
その意味を数秒かけて理解して――そして、心臓が跳ねた。
「そういう……ものなんだ」
なんでもないふうを装って、視線をテーブルの方へ落とす。
かたや、湊は真面目な顔で頷いた。
「そういうものなんです。引かないでもらえると嬉しいんだけど――俺、普通に春陽さんで、やらしいこと考えちゃうから」
「そんなこと言ったら、俺だって!」
なんだか、生々しいやり取りになってきた。
二人の間にムーディーな沈黙が降りる。部屋には、時計の針が進む音だけがあった。
「春陽さん、一旦落ち着こう。なんかエッチな雰囲気になってるんで」
「だっ、だね!?」
慌てて姿勢を正すと、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
――湊と二人きり。恋人同士。
それだけで、なんでもない夜がこんなにも甘く感じるなんて。
(嬉しいな。恋人同士って……こういう時間を、一緒に過ごすものなんだよね)
ドキドキが収まらないまま、隣にいる湊の気配を意識する。
ふと視界の端で、静かに手が動くのが見えた。自分の方へ差し出されていることに気づいて、春陽は顔を上げる。
……何か言いたげな湊が、困ったようにこちらを見ていた。
「――……」
空中に浮いたままの手。それがぎこちなく下ろされたかと思えば、
「あのさ。手、繋いでもいい?」
低く落ち着いた声だった。春陽の胸がじんわりと熱くなる。
「あ……うん。いいよ」
頷くと、湊は緩やかに春陽の手を取ってきた。
指先が触れ合って、ゆっくりと絡まる――俗に言う、《恋人つなぎ》。
(湊くんの手、やっぱり大きい)
ゴツゴツとした骨の感触。けれど、握ってくる手は優しく温かで、包み込まれるような安心感があった。
ただ手を繋いでいるだけだというのに、どうしてこんな感覚になるのだろう。嬉しくて、恥ずかしくてならない。
(だけど、これって)
春陽は、繋いだままの手をじっと見つめる。そのうちにクスクスと笑い出してしまった。
「どうしたの?」
「家の中で手繋いでるんだと思ったら、ちょっと面白くて」
「あれ? 違和感ある?」
「や、全然いいんだけど」
否定するも、繋いでいた手はパッと離された。
そんなつもりで言ったのではないのに、春陽は名残惜しさを覚えてしまう。
(恋人同士なら、家の中でも手繋ぐのかな? うーん……そうかも)
惜しいことをしてしまった感。だが、それも束の間だった。
「じゃあ、次。……春陽さんのこと、抱きしめてもいい?」
甘い囁きに、いよいよ春陽の顔が赤く染まった。
許可なんてとらなくてもいいのに――そう思いながらも、その誠実さや、「触れたい」という意思が、ありありと伝わってきて堪らなくなる。
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