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第8話 恋する二人は××したい(3)

「うん、どうぞ……」  頷けば、やんわりと抱き寄せられ、その胸元に華奢な身体が収まった。  しっかりと回される腕。春陽もまた身を委ねるようにして、相手の肩に頭を預ける。 「………………」  湊の腕の中は、とてもあたたかだった。  ひどく安心して、強張っていた身体からもだんだんと力が抜けていく。  春陽は腕を動かし、おもむろに大きな背中へと添えてみた。 (へへ……湊くんもドキドキしてるや)  身体が密着して、二人分の心音が重なる。  伝わってくる鼓動は驚くほどに速い。自分と同じように、湊もドキドキしてくれていることが嬉しくて、春陽は無意識に口元を緩めていた。  ――そうしてしばらく。  頃合いを見計らったかのように、湊が身体を離した。  すっと伸ばされた指先が、頬にかかっていた春陽の髪を、耳の後ろへと流していく。  そして顔を覗き込み、手のひらでなぞるように触れてきた。ゆっくりと、触れるか触れないかというほどの力加減で、顔を上げるよう仕向けてくる。  視線と視線が、交わった。  春陽がドキリとしているうちにも、湊の顔が近づいてくる。鼻先が触れ合いそうな距離まで迫ってきて――、 「ま、待って!」  思わず、湊の胸を押していた。 「こういうとき、どんな顔したらいいのかわかんない……っ」  情けないほどの動揺が、言葉になって口をついて出る。  恥ずかしさと照れくささで、春陽の頬はすっかり真っ赤になっていた。 「えっ、ええ?」  一方、押しとどめられた湊は、わけもわからずに目を瞬かせていた。  春陽は弁解するように続ける。 「だって、俺のなかには、まだの湊くんもいるんだよ? なんか……すごい、恥ずかしいよ……」  胸中にあったのは、そんな感情だった。  湊のことが好きで堪らなくて、こうやって触れ合えるのは純粋に嬉しい。  ただその反面。あの年下の少年の面影が、脳裏をちらついて――それが今の湊と重なるのが、どうしようもない困惑を生んでいた。  湊はしばらく黙っていたが、そのうち小さく息をつく。 「春陽さん、可愛すぎでしょ……」  同時に、再び抱きしめられた。  まるで包み込むような優しい抱擁に、春陽の胸がきゅっと締めつけられる。 「ごめんね?」  反射的な謝罪だった。湊はすかさず笑って言葉を返してくる。 「可愛すぎてごめんね? って?」 「違います! そういう意味じゃなくっ」 「だったら『ごめん』はナシ。俺の方こそ、突っ走っちゃってごめんね」  言って、こちらの頭を撫でてみせる湊。  人の頭を撫でることはあっても、自分の頭を撫でられることはなかった。春陽はされるがままに、何とも言えぬ心地良さに身を委ねる。  そうして湊の肩越しに、ぽつりと問いかけた。 「湊くんは、くっついてるだけでもいいの?」  率直に尋ねれば、湊がふっと微笑む気配が降ってくる。 「そりゃあ、正直いろいろ触りたい……けど。でもちゃんと、段階踏んでいきたいっつーか。春陽さんのこと大事にしたいし」  返ってきたのは芯のある声。  どこまでも真っ直ぐな返事に、またもや春陽は胸がきゅんとしてしまう。 「大事にされてるんだ、俺……」 「好きなんだから、大事にするに決まってるでしょ」  毎度のことながら、さりげなく放たれる「好き」の破壊力がすごい。  ……ただ、その直後。  春陽の身体を軽く離すと、湊はきまりが悪そうにして、 「でも、その……俺も男の子なので。生理現象は気にしないでもらえると、ありがたいです……」 「あっ」  そこで初めて、春陽は気がついた。  先ほどから腰のあたりに、なにやらが当たっていることに。「気にしないで」と言われても、つい目が行ってしまう。 「う、うん」  うつむき加減に返事をしつつ、内心で思った。 (……若いなあ)  知らずのうちに口元が緩んでしまう。  こんなふうに触れ合って、笑ったり、照れたり――それだけのことがすごく幸せで、仕方がなかった。

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