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第8話 恋する二人は××したい(4)

    ◇  空はすっかり夏空になっていた。  眩しい陽射しがアスファルトを照らし、気の早い蝉の鳴き声がどこからともなく響いてくる。  そんななか、春陽は白い日傘を広げて歩いていた。もう片方の手は、クマ耳付きの帽子を被った優の手を、しっかりと握っている。 「あっちゅーいー♪ あーちゅーいーぞー♪ あーちちのちーっ♪」  優はご機嫌な調子で、歌を口ずさんでいた。  春陽は小さく笑うも、どこかぼんやりとしてしまう。頭の中にあったのは、つい先日の出来事だった。  湊と手を繋いで、抱きしめ合って、キスをされそうになって――そのことが、何度だって思い起こされてしまう。 (駄目だ、気づけば思い出しちゃう)  気温が高いのもあるけれど、顔が火照ってどうしようもない。春陽はつい、ぽーっとした表情のまま歩いていた。 「パパ?」  優の声が横から飛んでくる。我に返って見やると、優はきょとんとした表情を浮かべていた。 「ハンバーガーやさん、すぎちゃったよ?」 「えっ!?」  慌てて振り返れば、目的地の看板が数メートル後方に見える。  ――チェーン店のハンバーガーショップ。優が大好きな『にゃんにゃんマン』のコラボおもちゃがついてくる《ハピネスセット》を、今日はテイクアウトして食べる予定だったのに。 「ごめんごめん! ちょっと考えごとしちゃって……戻ろっか?」  ぱたぱたと小走りで戻って、空調がきいた店内へと入る。  店内はそれなりに賑わっていた。  夏休み前の平日。定期考査期間なのか、制服姿の高校生の姿もちらほらと見かける。  さっそく春陽と優は、レジカウンターに並んだ。  順番が来ると、優が張り切って前に出る。春陽は小さな身体を抱き上げてやった。 「ハピネスセット、ください!」  元気のいい注文を受け、レジの女性店員が微笑みながら復唱する。 「はい、ハピネスセットお一つですね」  ドリンクとおもちゃを選ぶ優の姿を見守りつつ、春陽もまたメニュー表に目を落とす。 「じゃあ、俺は――」  と、そのとき。近くのテーブルから、男子高校生と思しき二人の会話が耳に入ってきた。 「あーしんど。今のカノジョ、めっちゃガード固くてさあ」  ……思わず、ぎくりとした。  春陽は後ろめたさを覚えつつも、耳をそばだててしまう。 「ぶっちゃけ男ってさ、の求めがちじゃん? めんどくさい段階踏まなくていいなら、そっちのが楽だし」 「まーた始まったよ。クソデカ主語やめろし」 「いやさあ。付き合ってんのに、何もナシって意味わかんなくね?」  たまたま耳に入っただけの話。ただし、その内容はやたらとリアルで、なにも他人事ではない。  気づけば春陽は、早口でまくしたてるように注文していた。 「ダブルバーガーっ! ダブルバーガーお願いします! ポテトのセットでっ!」  そこから一刻も早く、離れたい一心だった。  なお店員は、微妙に引き気味の笑顔を返してくる。 「ダブルバーガー、ポテトセットですね。ドリンクはどうされ……」 「アイスコーヒーでお願いしますっ!」  その後、注文した品物を受け取ると、足早に店を出た。  優は「おもちゃ、これだった!」と嬉しそうにしていたが、春陽はといえば、どこか上の空だった。  べつに、あの高校生たちの会話に感化されたわけではない。あくまで個人的な価値観にすぎないし、決して鵜呑みにできないと思う。  だからきっと、これは個人的な感情――春陽は知らず知らずのうちに、唇へと手をやってしまう。 (俺だって……したくない、わけじゃない。ただ恥ずかしいだけで、むしろ――)  そこには確かに、もっと触れ合いたいという気持ちがあった。

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