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第8話 恋する二人は××したい(5)★

    ◇    優を寝かしつけた寝室から出ると、皿の重なる小気味いい音が聞こえてきた。  キッチンでは、湊が食器を洗っている。今日も遅くまで家にいてくれるらしい。 「湊くん、洗い物ありがとう。お皿、多くて大変だったでしょ?」  声をかけると、湊は顔だけこちらに向けて笑ってみせる。 「いいって、これくらい。春陽さんこそ、寝かしつけお疲れ様」  カチャ、と最後の皿を水切りカゴに置く音がした。  湊がハンドタオルで手を拭いているところに、春陽は静かに寄っていく。  隣に並ぶと、湊は不思議そうな顔で目を瞬かせていた。その横顔を、春陽はじっと覗き込むように見つめる。 「っと、なんか動画でも見る?」  言って、湊がリビングへと足を向けようとした。が、咄嗟に春陽は首を振った。 「……湊くん」  言いながら、湊のTシャツの袖を掴む。 「目、つぶってもらえる?」 「えっ、なんで?」  当たり前といえば当たり前だが、湊が戸惑ったように訊き返してきた。  それでもめげない。春陽は気恥ずかしさを堪えながら告げた。 「いいから」  頬が熱い。耳の先まで赤くなっているのが自分でもわかる。  けれど湊は何も言わずに、素直に目を閉じてくれた。 「――……」 「そのまま、開けないで」  春陽は相手の肩に手を添え、ぐっと背伸びをする。  もっと触れ合いたくて。今の気持ちを、少しずつでも前に出してみたくて。  ぎゅっと唇を結んだまま、顔を近づけ――ちゅ、と。短いけれど、精一杯のキスを落とした。 「い、今のなに!?」  湊が驚いたように目を開ける。  かたや春陽は、あたふたと口に指を当てた。 「しーっ。あんまり大きい声出すと、優が起きちゃうよ!」  小声で注意すれば、湊はハッとした様子で口をつぐんだ。  そうして顔を見合わせるも、互いに無言。  甘酸っぱい沈黙が流れるなか、先にそれを打ち破ったのは湊だった。 「じゃあ……また目、つぶってるから。もう一回してくれない?」 「ええっ!?」 「今度は、長めでお願いします」  と、湊は返事も聞かずに、さっさと目を閉じてしまった。  ……どうしよう、と春陽は内心で呟く。  だが、それでも。湊が求めてくれることが、嬉しくて堪らないのも事実で、春陽はドキドキしつつ顔を寄せた。 「ん……」  同じように背伸びをして、今度はしっかりと唇を重ねる。  ついさっきは感触なんてわからなかったけれど、今ならはっきりとわかる。湊の唇は温かくて、意外にも柔らかかった。 (『長め』って、これくらい……でいいのかな?)  春陽は、そっと唇を離そうとする。  ところが、次の瞬間。湊がすかさず肩を掴んできたのだった。 「っ!?」  背がキッチン台に軽く当たり、春陽はビクッと肩を跳ねさせる。  ただ、湊はお構いなしだった。驚いている間もなく、今度は湊の方からキスを仕掛けられる。  ちゅ、と触れては離れ、また角度を変えて――(ついば)むようなキスを何度も繰り返された。  春陽は思わず目をつぶる。心臓の音がどんどん大きくなっていって、今にも爆発しそうだった。 「っ、ふ……みなと、くん」  息継ぎをする間に、なんとか名前を呼ぶ。が、それすらも飲み込むように、湊は唇を塞いできた。  そうして再びキスをされるも――今度は、それだけではなかった。  ぬるり、と濡れた感触が春陽の唇をなぞる。驚いて口を開けば、その隙間を縫って何かが入り込んできた。

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