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小ネタ わんちゃんじゃないよ(第7.5話)
いつもどおりの週末。リビングに足を踏み入れた湊が、「あれ?」と目を丸くした。
視線の先を追えば、壁に貼られた画用紙の数々。優の描いたお絵描きのなかに、一枚だけ異彩を放つメモが混ざっていた。
「これ、俺が前に置いてったやつだよね?」
湊がそう言って指を差す。春陽は微笑んで頷いた。
「うん、嬉しくてつい。それに、わんちゃんの絵も可愛いしね」
そう、それは春陽が発情期 に悩まされていた際、湊がバニラアイスとともに置いていってくれたメモ用紙だ。
嬉しい気持ちでつい飾ってしまったのだが、湊はなんだか複雑な顔をしていた。
「えっ……わんちゃん? わんちゃんじゃないよ?」
「ち、違うの!? じゃあ、この子なにっ?」
「……白ヤギ、なんだけど」
言いにくそうに視線を逸らす湊。
当然、犬だと思っていた春陽は驚かされた。
「ヤギ!? わんちゃんじゃなくて!?」
「だって、ほら。手紙咥えてるじゃん」
「み……湊くん……」
困惑しながらも、キャビネットからメモ帳とペンを取り出し、テーブルの上に広げる。
そして、サラサラと軽快な音を立ててペンを走らせた。
「ヤギさんはこうっ!」
「ちょっ! 春陽さん、絵上手すぎ!?」
すかさず湊が身を乗り出す。
メモに描きだしたのは、特徴的な四角い瞳孔に、小さなツノとヒゲを生やした白ヤギの姿だった。
「ツノとおヒゲは……ない子もいるけど、蹄 はみんなあるし。耳も、わんちゃんとは違うでしょ?」
「そ、そうだっけ?」
いまいちピンときていない湊に対して、春陽はふっと微笑む。
「今度、優も連れて牧場にでも行こっか?」
「あ、それいい! 牧場とか小学生以来かもっ」
「……湊くんもお勉強だね?」
クスクスと笑みを含んで見上げれば、湊も苦笑しながら「はーい」と肩をすくめた。
その後、おもちゃで遊んでいた優が混ざることになるのだが――、
「みてー! ヤギさんっ!」
……優の方がよく観察して描けているあたり、春陽は微笑ましい気持ちでいっぱいになってしまったのだった。
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