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第8.5話 男はこうして頑張るものです(1)
夏季休暇中のキャンパスは、どこか寂しさを覚えるくらいに閑散としていた。
学生らは各々の目的に向かい、みな足早に移動している。そのなかで湊もまた、キャンパス内の歩道を歩いていた。
今日は講義もなければ、サークルの活動日でもない。
ただ、気になっていることがあって、就職支援課に相談に来たのだった。
「おっ、相沢じゃん! おつかれー!」
不意にかけられた声に、湊はパッと振り向く。
派手なTシャツに短パン姿の男が、片手を上げて近づいて来ていた。同じ学科の友人・野田だ。
「お疲れ、野田。相変わらず元気そうだね」
「おうっ、お前もな。つーか何してんの? 夏休みだぞ?」
「ちょっと就職支援課に用があってさ。インターンのことで、話聞きに」
そう、湊は長期インターンシップの情報を集めるために、キャンパスへと足を運んだのだった。
今のうちから現場に触れておきたいというのもあるし、視野を広げて、スキルを身に付けたいというのもある。
そして何より――湊にとっては、自分なりに「準備しておきたい理由」があった。
「真面目か! すげえな、真面目かよ!?」
こちらの言葉に、野田はオーバーなくらい反応を見せる。
通りすがりの女子学生らがクスクス笑っていたが、本人の知ったことではない。
「ちな、俺はこれな!」
野田はそう言って、背負っていたギターケースを親指で指し示す。
「ああ、バンドの練習?」
「そっ! 近々ライブやるから、合わせる機会増やしてかないとさー」
湊は野田に、「うんうん」と頷いた。
「野田こそ真面目じゃん。ちゃんと自分のやりたいこと貫いてて、最高にロックしてるんじゃない?」
「いやお前さ。とりあえず『ロック』って、言っときゃいいと思ってんだろ?」
図星を突かれた湊は、顎に手をやって考える仕草をした。
「あー、うん。『ロック』って何がどうロックなのか、正直よくわかんないかも」
「おま……っ」
「でも、野田はギター上手いし、ライブのときカッコいいよ! 観客も一緒になって盛り上がる感じ……っていうか、なんか熱くなるのわかるし!」
「っ、いいヤツ!」
素直な感想を述べれば、野田は感極まったように口元を抑えた。嘘も偽りもない、正直な男同士の友情確認である。
その後は、目的の棟が同じ方向ということで、途中まで一緒に歩くことになった。
「けど、ガチな話な」
しばらく歩いたところで、野田がぽつりと呟く。
「今のうちから就活見越して動いてるのって、やっぱすげーよ。なんつーか、さすがアルファって感じ」
それを聞いて、つい湊の足が止まりかけた。
「そういうの、関係ないよ」
――アルファだからどう、って話じゃない。
確かに、肩書きとしては特別視されがちだ。けれど、その一言で物事を片付けられたくはなかった。
「わり。ヘンなこと言ったわ」
こちらの心情を察したのか、ばつが悪そうに野田が視線を落とす。
軽薄そうに見えて、こういうところはちゃんとしているのが、彼のいいところだ。
「ううん、全然いいよ」
かたや、湊は穏やかに笑ってみせる。
「ただ俺の場合は……将来、養いたい人たちがいるから」
「え」
野田が固まった。
自分の理解を超える言葉だったのか、心ここにあらずといった感じで、口を開けたまま呆然としてしまっている。
「野田?」
「………………」
「大丈夫っ? なんか宇宙空間さまよってる!?」
「……やしないたい……ひと、たち……?」
「おーい、野田! おーいっ!」
必死になって呼びかける湊。しかし野田は、しばらくフリーズし続けたのだった。
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