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第8.5話 男はこうして頑張るものです(2)
就職支援課にも赴き、午後の陽射しが傾きだした頃。
キャンパス内にあるカフェテリアで、湊は黙々と昼食をとっていた。
夏季休暇中とはいえ、一部の施設は学生向けに開かれている。空調もきいているし、もしかしたらそれ目当てに来る学生も、少なくはないかもしれない。
湊はコンビニで調達した昼食を食べ終えたところで、ぼんやりとスマートフォンの画面を眺める。
と、そのときだった。
ブッ、と短くスマートフォンが震えた。LINEの通知――しかも、春陽からのメッセージである。
《湊くんが貸してくれたマンガ、今朝読み終えたよ。コミカルですっごく面白かった! 久しぶりに声出して笑っちゃったかも?》
いつものように丁寧で優しい文体。
なんだか文字越しに相手の顔が浮かぶようで、思わず口元が緩んでしまう。
(まずい、顔がニヤける……)
湊はなるべく平常心を装って、返事を打ち込む。
《よかった! また今度オススメ貸すから、気分転換にでも読んでみて!》
《いいの? 嬉しい!》
それを言うなら、こちらだってそうだ。こうして、自分が好きなものを共有してもらえるだけで嬉しいし、加えて距離感の縮まりを感じてならない。
またしばらくして、春陽から新たなメッセージが届いた。
《あ、優もお話したいって》
湊の指が自然と動く。
《もちろん、いいよ!》
そう返事をすれば、ぽんぽんとスタンプが届き始めた。
(へへっ、可愛い。パパの真似したくなっちゃったのかな?)
すかさず湊も、同じようにスタンプを返してみせる。そこから先は、ひたすらにスタンプの送り合いが続いた。
きっと今、優は春陽のスマートフォンを抱えて、目を輝かせながらタップしているんだろう。その光景を想像するだけで、微笑ましい気持ちにもなるというものだ。
しかし、次に送られてきたのは、ちょっと意味深なスタンプだった。
《大好き》《はやく会いたい》
……などなど。
「――……」
あまりにも直球すぎるスタンプに、さすがの湊も少し戸惑った。
(これ、優でいいんだよね? 春陽さん……じゃない、よな?)
そんな混乱のなか、画面が音声通話に切り替わる。
反射的に応答すると、開口一番に慌てたような春陽の声が飛び込んできた。
『ごごっ、ごめん! 優がちょっと……っ』
「うん、わかってる。今のスタンプも優でしょ?」
『そうっ、返事してもらえるのが面白いみたいで、つい画面連打しちゃって!』
「あはは、大丈夫。『ありがとう』って伝えておいて」
微かに優の声が聞こえてきて、向こう側の様子がなんとなく伝わってくる。
……が、それはそれとして。先ほど送られてきたスタンプには、湊も思うところがあった。
「ただ、さ……俺も、春陽さんのこと大好きだし。もう会いたくなってる」
そう言葉にすれば、ふっと通話越しの気配が変わるのがわかった。
『湊くん……』
続かぬ返答。でも、それだけで十分だった。
おそらくは、また恥ずかしそうに頬を赤らめているに違いない。そんな春陽が可愛くて仕方がなかった。
「とか言っても、インターンとかバイトがあるから、また折を見てって感じだけど」
『インターン? まだ二年生だよね?』
「うん、まあね。今からでも、できることはやっておきたくて」
『わっ、すごいね! 早いうちから頑張ってて、えらいえらい!』
テンションの高い褒め言葉に、湊はつい苦笑してしまう。
「なんか、子供みたいに褒められた」
『違うよ!? そんなつもりじゃ』
「うそうそ、嬉しかった。ありがと」
などと返しながらも、ふと――ある考えが頭に浮かんだ。
湊はスマートフォンを耳に当てたまま、そっと目を伏せて言った。
「ただ、最近ちょっと疲れ気味なんだよね」
『えっ、大丈夫?』
「うん。だからさ……もし、よかったらなんだけど」
言いながら、自分でも照れくさくなってくる。
けれど、男というものは、だいたいが己の欲求に素直なものなのだ。
「春陽さんの自撮りとか、送ってもらえたら――俺、頑張れそう。……なんて」
恥ずかしくも言葉にしてしまった。
そうして、しばしの沈黙。返事があったのは、なんとも言えない間のあとだった。
『……善処しておきますっ』
耳にした瞬間、湊は内心でガッツポーズをした。
胸の奥がじんわりとあたたかくて、くすぐったい。最後に一言二言交わしてから、静かに通話を切る。
しばらく余韻に浸るようにして、飲みかけだったカフェラテに口づけていたのだが、
――ブブッ。不意にスマートフォンが震える。
画面には「画像を送信しました」のシステムメッセージ。
湊は思わずガタッと音を立てて、テーブルの上に置いていたスマートフォンを手に取った。
表示されたのは――不慣れな様子でカメラを見つめる春陽の、ぎこちなくも柔らかな笑顔。やや伏し目がちで、気恥ずかしそうにしているのが伝わってくる。
(かっっっわ! めちゃくちゃ保存した……っ!)
口を押さえつつ、湊は即座に画像を保存した。
自分のために、照れながら送ってくれた一枚の写真。そう意識すればするほど、胸がきゅんとして堪らなくなる。
(はー、頑張れる)
インターンシップだって、アルバイトだって頑張れそう。いや、頑張らなくては。
人知れず顔を綻ばせながら、あらためて意気込む湊だった。
* To Be Continued *
>>> 最終話「夢という名の未来」
>>> 小ネタ「魅惑の赤ちゃんプレイ(第8.5話)」
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