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最終話 夢という名の未来(1)

「わああ~っ! にゃんにゃんマンが、いっぱいだあ!」  リビングに、元気いっぱいな声が響いた。  おなじみのキャラクター、『にゃんにゃんマン』が一面に描かれた甚平を身にまとい、優が嬉しそうにくるりと回る。 「これ、ばあばがつくったの!? じょうずだねえ!」 「ふふ、気に入ってくれた? ばあば、頑張った甲斐があるわあ」  ソファーに腰かけた湊の母――明音(あかね)は、手を打ち鳴らして笑った。  今日は彼女が、わざわざ春陽の自宅まで足を運んでくれた日だった。  前々から「ぜひ伺いたいわ」と言ってくれていて、ようやく予定が合ったのだ。しかも、優のために甚平を縫い上げてくれたという――こんなの嬉しくないわけがない。 「パパ! スマホで、おしゃしんとって!」  優がニコニコと笑って、スマートフォンを差し出してくる。  甚平姿の写真を撮ってほしいようだ。春陽はスマートフォンを受け取ると、さっそくカメラアプリを起動させた。 「はーい。……あ、ちょっと待ってね。ストレージがいっぱいだっ」  画面には「ストレージが不足しています」の表示。  これでは写真が保存できない。手っ取り早く、使っていないアプリを消去してしまおうと、アプリ一覧を開くことにする。 (そういえば、これ……使わなくなったな)  目についたのは、例のマッチングアプリだ。  正直、頭にあったのはいつだって優のことだった。  家族として受け入れてくれる誰かを求め、焦るような気持ちで登録したのを、今でも覚えている。  けれどもう――、 (アンインストール、っと)  アプリが消えたのを確認して、スマートフォンを構えなおす。「じゃあ、撮るよー」と、何枚か続けて写真を撮ってやった。  優が満足したところで、明音は何やらまた紙袋を探り出す。 「でね、春陽くんには――じゃーんっ!」  おどけたように声を上げると、紙袋から風呂敷を取り出した。中に何かが包まれているらしいそれを、両手で差し出してくる。 「これは?」 「ちょっと広げてみて?」  言われるままに包みを開くと、さらりとした手触りの白い布地が現れた。  光を受けて上品にきらめく、美しい桜模様。絹で織られたそれは、一目見て上質な代物だとわかる。 「すごく綺麗……浴衣だ――」  春陽は驚きつつも、感嘆の声を漏らした。明音は笑みを浮かべる。 「その浴衣、うちの母親からなの」 「えっ?」 「優くんの写真を見せてあげたのよ。『ひ孫ができたんだよ』って教えたら、すごく喜んで――あっ、もちろん事情は話したうえでね? そりゃあ、私とは血は繋がってない子だけど……それでも、大事な孫だから」  言葉の奥に、きっと簡単には言い表せない思いがあるのだろうと思った。  湊の異母兄であり、明音にとっては義理の息子にあたる啓介――人間関係だって、事情だって複雑だ。  しかし今、目の前で優を見つめる彼女には、孫を慈しむ確かな愛情が宿っている。そして、おそらくはその母親にしたって。  春陽は胸がじんと熱くなる。  事情を知ってもなお、あたたかく受け入れてくれる人がいる。それは、少し前の自分からすれば、想像もつかなかった。 「本当に……ありがとうございます、優や俺のことを受け入れてくれて。感謝してもしきれないくらいです」  深く頭を下げると、明音は「そんな、やめてよ~」と苦笑しながら手を振った。 「でも、いいんですか? こんな高価そうなもの……俺、大したお返しもできないし」 「いいのいいの。うちの母親ってば着物が趣味なんだけど、もう片付かなくってさ? 本人たっての強い希望で、『ぜひとも春陽さんに』って仕立て直したのよ」  口調こそ軽やかだったが、単なる〝お下がり〟などではない。春陽は浴衣の布地をそっと撫で、そのように肌で感じ取っていた。 「そういうことでしたら、ありがたく頂戴します。どうかお母様によろしくお伝えください」 「ええ。せっかくだから着てみない? 着付け、手伝ってあげる」  言って、姿見の前に立った明音が手招きをする。  春陽は誘われるがままに立ち上がり、浴衣に袖を通した。襟元を整えると、手際よく帯が巻かれていく。  少しして着付けを終えた春陽は、鏡の中の自分を見て、小さく息を呑んだ。

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