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最終話 夢という名の未来(2)
「わあっ」
淡い桜模様の浮かぶ白い浴衣は、驚くほど馴染んでいるように思えた。派手すぎず、けれど落ち着いた華があって、つい見入ってしまう。
普段が普段なだけに――春陽は動きやすいシンプルな服しか着ない――、なんだか不思議な気分だ。自分が自分ではない気さえする。
「パパ、かあーいいっ! きれいな、おべべだねえ!」
着付けのさまを黙って見ていた優が、パチパチと拍手して褒めてくれた。春陽は照れくさくなりながらも、笑顔を返す。
「ありがとう。すごいね、『おべべ』なんてよく知ってるね?」
「でも本当、似合うわあ。こんな美人さんに着てもらえて、母さんも大喜びよ」
「……お、恐れ入ります」
明音の言葉に、また頬が熱くなってしまう。こんなふうに容姿のことを褒められると、どう返したらいいかわからない。
「ばあばのママ?」
不意に、優が首をかしげて問いかけてきた。
「ん? そう、ばあばのママ。優くんのひいおばあちゃんね」
「ひいおばあちゃん!?」
優が目を丸くする。小さな唇がもごもごと動き、やがて――、
「えっとお、ひいおばあちゃんが、ばあばのママで……じゃあ、ばあばは……パパのママなの?」
素朴な疑問に、春陽はドキリとさせられた。
春陽自身のこと、優の血の繋がりの複雑さ。そのすべてを、今の優に説明できるわけじゃない。
「あ……えっと」
曖昧に笑って言葉を探していると、明音がパッと応じてくれた。
「そうよー、よくわかったねえ!」
優ににっこりと返したあと、ちらりとこちらに視線を向ける。
「でしょ?」
丸まってしまった背中を、ふわりと包み込むように――ひどく柔らかな笑みだった。
春陽は、おずおずと口を開く。
「う、うん。ばあばは……パパの――」
その先を言うには、少しだけ勇気が必要だった。
けれど、顔を真っ赤に染めあげながら、
「お……おかあ、さん、です……」
やっとの思いで口にする。
誰かをこんなふうに呼ぶのは、生まれて初めてのことだった。
明音は嬉しそうに目を細め、優は「すっごーい!」と手足をばたつかせている。
「ゆうって、かぞくが、いっぱいいたんだねーっ!」
その言葉はあまりにもずるい。そんなことを言われたら、胸がいっぱいになって堪らなくなってしまう。
(少し前まで、『優には俺しかいない』って思ってたのに)
緩やかに、取り巻く世界が変わっていく。
自分や優に、手を差し伸べてくれる人がいる。何気ない一言が、心の奥をそっと照らしてくれる。
〝家族〟って、こういうものなんだ――と、教えられた気がした。
◇
すっかり陽も落ち、夏の宵が緩やかに深まっていた。
駅前には、浴衣や甚平に身を包んだ人たちが行き交っていて、普段とは違うソワソワとした空気を感じられる。そんな人波のなか、春陽は優の手を引いていた。
――今日は、近隣で花火大会が開催される日だった。そのことを、湊に教えてもらったのはつい数日前のことだ。
《今度の土曜、花火大会あるの知ってる? 優を連れて一緒にいかない?》
夏らしい、花火のスタンプとともに送られてきたメッセージ。優の食いつきが随分とよかったのもあり、春陽は一つ返事で「行きたい」と答えていた。
そうして迎えた当日。今日は、身だしなみにも十分に気を遣った。
湊の祖母が譲ってくれた、桜模様の白い浴衣。下駄だって揃えたし、髪だって少しだけアレンジしてみた。
だからか、いつも以上にドキドキと緊張してしまう。人目が向けられているような気になってしまって、つい下を向きがちになる。
「あっ、みーくん!」
優の声に、春陽の肩がピクッとなった。
待ち合わせ場所の小さな時計台前。湊がこちらを探すように、きょろきょろと周囲を見渡している。
Tシャツにチノパンという、ラフな服装。それでも高身長でシャープな顔立ちのせいか、ひときわ目立っているように見えた。
優と一緒になって、手を振りながら近づいていく。こちらを振り向いた湊は、手を軽く上げようとして――固まった。
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