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最終話 夢という名の未来(4)

 なんだか小さな子供のようで、恥ずかしくなってしまう。  けれど春陽は、湊のシャツの裾を柔らかく摘まんだ。ぎゅっと、離れないように。 「……わかった」  思わずうつむいてしまったけれど、湊が優しげに微笑んでくれているのがわかる。  おずおずと少しだけ顔を上げてみれば、やはり予想どおり。目と目が合って、胸がドキンと高鳴った――そのとき。  ドンッ、と大きな音が響いた。  夜空に大輪の花が咲く。白や金の光が暗闇を彩って、すぐにまた次の花火が上がる。 「はなびだーっ!」  優のはしゃぐ声。湊もまた、穏やかな笑みを浮かべて夜空を見上げていた。 「春陽さんも見えてる?」 「うん、見えてる。綺麗だね――」  色とりどりの花火が、次々に打ち上がっては、音をともなって空に溶けていく。  三人で見る花火は本当に綺麗で、つい写真を撮ることも忘れてしまうほどに、見入ってしまっていた。  帰り道。頬に当たる夜風は涼しく、先ほどまでの熱気が嘘のようだ。  ひっそりとした住宅街の道を、春陽は湊と並んで歩いていた。 「ありがとう、湊くん。わざわざ家まで送ってくれて」 「こんなの当然。ナンパでもされたら困るし」 「何それ?」  小さく笑い合いながら、歩みを進めていく。  優は静かに寝息を立てていて、湊の背中にすっぽりと収まっていた。春陽はその頬をちょんちょんと指先でつついてみせる。 「あはっ、可愛い。優ってば、すっかり安心した顔で寝ちゃってるや」 「今日の優、やたらとテンション高かったもんね」 「それ言ったら、朝からずーっとだよ? もう大変だったんだから」 「ええっ、朝から?」 「うん。でも、楽しんでくれたみたいでよかった。せっかくお出かけしても、『帰りたい!』ってなっちゃうこと、少なくないから――やっぱり、ばあばがくれた甚平のおかげかな?」  春陽が苦笑しながら言うと、湊もクスッと笑った。 「それもあるだろうけど、優自身の成長じゃない?」 「……だといいなあ」 「俺から見ても、日々成長してるなあって思うよ」  湊が優の身体を抱え直す。  春陽も手を添えながら、訊き返した。 「ほんと?」 「ほんとだって。出会った頃より言葉が増えてるし、人の話もよく聞くようになったし。――こうして一緒に過ごす時間があると、ふとしたときに気づけて嬉しいんだよね」 「………………」 「そういうの、これからも見守っていけたらいいな」  まるで独り言のように、静かな声だった。  本当に、湊の言葉にはいつだって驚かされてしまう。真っ直ぐで、嘘がなくて、あたたかくて――どこまでだって信じさせてくれる。  春陽は胸がじんわりとする感覚を覚えながら、ぽつりと呟いた。 「今日の湊くん、なんだかパパみたい……」  言ってから、やや照れくさくなって視線を泳がせる。  一方で、湊は少しの間のあとに、涼しい顔をして言ってみせた。 「じゃあ、春陽さんは『ママ寄りのパパ』?」 「えっ!?」  思わぬ言葉に、足が止まりそうになる。  随分と前――湊がまだ中学生だった頃のことだろうか。 『パパかママかで言ったら、ママ寄りのパパになりたい……です』  自分の中の〝理想像〟を、初めて誰かに打ち明けたあのとき。まさか、そんな何気ない一言を覚えていただなんて。 「湊くんってば、そんなことも覚えてたの!?」 「そりゃあ覚えてるよ。春陽さんのこと好きだ、って自覚した瞬間だったし」 「っ!」  不意打ちのように告げられる「好き」に、春陽は言葉を失いかけた。  ずるい、こんなの反則だ。言われる側の気持ちにもなってほしい。 「湊くんの『好き』は、真っ直ぐすぎて……ずるいよ」  返事に困って、力なくそう返すのが精一杯だった。おそらくは、顔だって真っ赤になっているに違いない。  こちらの気恥ずかしげな様子に、湊はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。 「春陽さん、好き。だーいすき」 「も、もうっ! やめてよー!」  優を起こさないように小声ながらも、じゃれ合うようなやり取りが続く。  歳を考えろ、という話かもしれないけれど、他愛のない時間がやけに心地よくて仕方がなかった。  やがて、アパートの前へ辿り着くと、「ああ、着いてしまった」――などと、つい考えてしまう春陽がいた。

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