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最終話 夢という名の未来(5)

「部屋まで送っていくよ?」 「大丈夫、ここで十分。おいで、優」  湊が背中から降ろしてくれた優を、春陽は両腕で受け取る。ぐっすり眠り込んだ小さな身体を、胸元に抱えなおしてから、静かに微笑んだ。 「今日はありがとね、すっごく楽しかった。もう遅いから、気をつけて帰ってね」 「ん、こちらこそ。綺麗な浴衣姿、見せてくれてありがとう。――おやすみ、春陽さん」  そう口にするや否や、湊の唇が春陽のものに優しく重なる。  突然のことに固まる春陽だったが、湊は何事もなかったかのように、くしゃりと笑った。 「じゃあね。夏休み長いから、また近いうちに遊ぼう?」 「う、うん。またねっ」  二人は手を振って別れる。湊の背中が遠ざかっていくのを、春陽はしゅんとした気持ちで見送った。  すると、すかさず湊がこちらを振り返る。 「!」  春陽はハッとしたように笑顔を浮かべ、手を振った。湊も同じように、手を振り返してくる。  そして、前を向いて歩き出す湊。  ……が、数歩進んだところで、再びくるりと振り返った。 「!!」  またもや慌てて笑顔を浮かべ、春陽は手を振る――以下、同様。  三回目にもなると、湊はしばらくその場で立ち止まっていたが、次の瞬間にはズンズンと、ものすごい勢いでこちらに向かってきた。 「待って待って――帰りづらっ、帰りづらいから!」 「えっ、え!」 「めちゃくちゃ寂しそうな顔してる!」  ぐいっと肩を掴まれ、春陽は動揺してしまう。  そのような素振りを見せたつもりはなかったのだが、どうやら湊にはお見通しだったらしい。 「ごめん。お祭りのあとって……こう、なんか……」  楽しかった時間が終わってしまったあとの余韻。静かな夜の空気も相まって、どこか寂しさが際立つようで――。  言葉少なに告げてみたものの、やっぱり撤回しようと思った。が、それよりも早く、湊が口を開く。 「俺、泊まってく?」  そのとき、自分はどんな顔をしていたのだろう。  春陽が顔を上げると、湊はクスッと小さく笑ったのだった。 「歯ブラシとか必要なもの、コンビニで買ってくればいい話だし。もちろん、春陽さんがよければだけど」  湊らしい、明るい気遣いが胸に沁みる。わがままを言ってもいいのだろうか、と心が揺れてしまう。  春陽が迷っているうちにも、湊は「どうする?」と首をかしげていて――こんなのもう、観念するほかなかった。 「あるよ、新品の歯ブラシ。下着もサイズ合うか分かんないけど、ストックしてるのがあって……服も、なるべくオーバーサイズの探してみる」  春陽は、ぽつぽつと呟くように伝えていく。  そして最後に、ようやくその一言を口にした。 「だから、湊くんがいいんだったら――泊まってってほしい……な」  たちまち湊の頬が綻ぶ。待ってました、とばかりに。 「じゃあ、遠慮なく」 「……うん。上がって?」  そのまま二人は、部屋の中へと入っていったのだった。

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