68 / 78
最終話 夢という名の未来(8)
◇
カーテンの隙間から、差し込む朝日が眩しい。
ぼんやりと瞬きを繰り返していた春陽だったが、やがて視界に飛び込んできた状況にドキリとした。
(あのまま、寝ちゃったんだ)
湊の腕の中にいることを、今さらのように実感する。
視線を落とせば、布団もしっかりと肩までかけられていた。あのあと、湊がかけ直してくれたのだろう。
二人はまだ夢の世界らしかった。それならばと春陽は息を潜め、こっそりと湊の腕から抜け出す。
「ううん……」
眠たそうな声がしたが、目を覚ます気配はない。春陽は心の中でふっと笑って、ベッドから離れた。
足音を忍ばせながらキッチンへ向かうと、いつものようにエプロンを身につける。
(朝ご飯、何にしようかなあ)
冷蔵庫を開けて、中を覗き込む。
目に入ったのは、中途半端に残っていた豆腐。卵もまだ二個あるし、常備菜を足せば十分な朝食になるだろう。
春陽はふむと頷くと、さっそく炊飯器をセットして調理に取りかかった。
まずはまな板を出して、包丁を握る。豆腐をさいの目に切っていけば、トントン……と、小気味よい音がキッチンに響いた。
水で戻したわかめは、食べやすい大きさに。長ネギは小口切り。
次は、鍋で出汁をとって――と手を動かしているうちにも、春陽は昨夜のことを思い出していた。
『朝起きて、バタバタしながらも一緒にご飯食べて』
湊が語ってくれた夢の話。その情景を、頭の中で思い描いてみる――。
湊はスーツがよく似合いそうだ。若々しい色のネクタイを整えつつ、「いってきます」と仕事に行く姿も、さまになっているに違いない。
優は大きく成長して、小学生になっている。ランドセルだってしっかりと背負い、「ぼく、お兄ちゃんだから」と誇らしげに胸を張るのだろう。
そして自分はというと、三人分の朝食を今日みたいに用意している。
うなじには、番 の証である噛み痕が刻まれていて――お腹の膨らみに手を当てながら、「いってらっしゃい」と笑って二人を見送るのだ。
(なんて、あたたかいんだろう……)
いつか、好きになった人と幸せな家庭を築けたら。そんな夢を見ていた自分は、確かにいた。
でも、それはいつの間にか手からこぼれ落ちて、諦めとともに胸の奥深くへとしまいこんでいた。自分にはもう縁のないものだ、と。
……そう、思い込もうとしていたのかもしれない。
(こんな未来、考えてもいいのかな)
心の中の弱い自分が、不意に顔を出す。
だけどあの子なら、笑ってこう言うのだろう。
「いいよ。一緒に考えていこう?」と。真っ直ぐに、迷いなく手を差し出しながら。
また自分も、その手を取って笑ってみせるのだ。二人で手を取り合えば、どんな未来も描けるはずだから、と。
気づけば、自然と口元に笑みが浮かんでいた。
鍋の中では、味噌汁がふんわりと湯気を立てている。柔らかな香りに包まれながら、春陽はゆっくりと現実へ意識を戻していった。
「おはよう、二人とも」
寝室のドアが開く音に、振り返って声をかける。
すると、二人分の元気な「おはよう」が返ってきた。
こうして迎える一瞬一瞬が、確かな未来へと繋がっている気がして――今日という日が、また愛おしく思えたのだった。
fin.
* To Be Continued *
>>> エピローグ「いつか番になる、そのときまで」
………………………………………
ともだちにシェアしよう!

