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最終話 夢という名の未来(8)

    ◇  カーテンの隙間から、差し込む朝日が眩しい。  ぼんやりと瞬きを繰り返していた春陽だったが、やがて視界に飛び込んできた状況にドキリとした。 (あのまま、寝ちゃったんだ)  湊の腕の中にいることを、今さらのように実感する。  視線を落とせば、布団もしっかりと肩までかけられていた。あのあと、湊がかけ直してくれたのだろう。  二人はまだ夢の世界らしかった。それならばと春陽は息を潜め、こっそりと湊の腕から抜け出す。 「ううん……」  眠たそうな声がしたが、目を覚ます気配はない。春陽は心の中でふっと笑って、ベッドから離れた。  足音を忍ばせながらキッチンへ向かうと、いつものようにエプロンを身につける。 (朝ご飯、何にしようかなあ)  冷蔵庫を開けて、中を覗き込む。  目に入ったのは、中途半端に残っていた豆腐。卵もまだ二個あるし、常備菜を足せば十分な朝食になるだろう。  春陽はふむと頷くと、さっそく炊飯器をセットして調理に取りかかった。  まずはまな板を出して、包丁を握る。豆腐をさいの目に切っていけば、トントン……と、小気味よい音がキッチンに響いた。  水で戻したわかめは、食べやすい大きさに。長ネギは小口切り。  次は、鍋で出汁をとって――と手を動かしているうちにも、春陽は昨夜のことを思い出していた。 『朝起きて、バタバタしながらも一緒にご飯食べて』  湊が語ってくれた夢の話。その情景を、頭の中で思い描いてみる――。  湊はスーツがよく似合いそうだ。若々しい色のネクタイを整えつつ、「いってきます」と仕事に行く姿も、さまになっているに違いない。  優は大きく成長して、小学生になっている。ランドセルだってしっかりと背負い、「ぼく、お兄ちゃんだから」と誇らしげに胸を張るのだろう。  そして自分はというと、三人分の朝食を今日みたいに用意している。  うなじには、(つがい)の証である噛み痕が刻まれていて――お腹の膨らみに手を当てながら、「いってらっしゃい」と笑って二人を見送るのだ。 (なんて、あたたかいんだろう……)  いつか、好きになった人と幸せな家庭を築けたら。そんな夢を見ていた自分は、確かにいた。  でも、それはいつの間にか手からこぼれ落ちて、諦めとともに胸の奥深くへとしまいこんでいた。自分にはもう縁のないものだ、と。  ……そう、思い込もうとしていたのかもしれない。 (こんな未来、考えてもいいのかな)  心の中の弱い自分が、不意に顔を出す。  だけどなら、笑ってこう言うのだろう。 「いいよ。一緒に考えていこう?」と。真っ直ぐに、迷いなく手を差し出しながら。  また自分も、その手を取って笑ってみせるのだ。二人で手を取り合えば、どんな未来も描けるはずだから、と。  気づけば、自然と口元に笑みが浮かんでいた。  鍋の中では、味噌汁がふんわりと湯気を立てている。柔らかな香りに包まれながら、春陽はゆっくりと現実へ意識を戻していった。 「おはよう、二人とも」  寝室のドアが開く音に、振り返って声をかける。  すると、二人分の元気な「おはよう」が返ってきた。  こうして迎える一瞬一瞬が、確かな未来へと繋がっている気がして――今日という日が、また愛おしく思えたのだった。  fin. * To Be Continued * >>> エピローグ「いつか番になる、そのときまで」 ………………………………………

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