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エピローグ いつか番になる、そのときまで(1)

 その夜。寝室のベッドの上では、三人が肩を寄せて絵本を開いていた。  優のお気に入りの絵本、『しあわせなのとり』。ページをめくる湊の指先を、優が嬉しそうに目で追っている。  そうして、作中のほんの一節から、話題は思わぬ方向へ転がっていくのだった。 「えーっ! みーくんって、アルファだったの!?」  優が大きく声を上げる。  本人の口からアルファだと聞いても、意外で仕方ないのだろうか。目を真ん丸に見開いて、驚きを露わにしていた。  ……かと思えば。絵本をもう一度覗き込んで、あるページを指さす。 「じゃあ――パパとみーくんは、つがいなの?」  そこに描かれていたのは、(つがい)となった二羽のオシドリが卵を温めている姿。  無邪気な問いかけに、春陽はギクリとしてしまった。 「つ、番じゃない、です」  どもりながらも返してみる。が、優は納得できない様子で首をかしげた。 「えっ、ちがうの? チューしちゃうくらい、なかよしなのに!?」  瞬間、春陽の顔が一気に熱を持った。  まさか、見られていたというのか――いつの間に。まるで思い当たる節がない。 「あっあ、その……っ」 「うん。でもね、いつかは番になると思うよ」  春陽があたふたとする横で、湊がぽつりと言った。  春陽は思わず、湊の横顔を見つめる。  迷いのない声。愛情をたたえた眼差しに、胸が自然と高鳴ってしまう。 「湊くんが言うなら、そう……かも」  どぎまぎと答えると、優は目をキラキラと輝かせた。 「『いつか』って、あした?」 「明日はまだ早いかなあ」 「じゃあじゃあっ、あかちゃんは? あかちゃんできるっ!?」 「あ……あかちゃ……」  春陽と湊は、同時に硬直する。  あまりに直接的な言葉に、春陽は耳まで真っ赤になってしまった。湊もまた視線を泳がせ、複雑そうな表情を浮かべている。  しかし、気まずい空気もなんのその。優の好奇心はとどまることを知らず、さらなる追い打ちを仕掛けてくる。 「おとこのこ? おんなのこ?」 「えっ、えっと」 「アルファ? ベータ? オメガ?」 「ううっ……」 「どうっ? どうなのっ!?」 (ど、どうって訊かれましてもーっ!)  春陽の頭は、キャパオーバー寸前だった。  その後、なんとか他へ意識を向けることに成功したのは、まさに僥倖(ぎょうこう)としか言わざるを得ないだろう。  優が眠りについたのを確認し、春陽は足音を忍ばせながら部屋を出た。  リビングに戻ると、ちょうど洗濯物を畳み終えたらしい湊の姿。ソファーにゆっくりと腰掛けるさまを見て、春陽も静かに歩み寄る。 「洗濯物ありがとう、湊くん」 「うん。春陽さんも、寝かしつけお疲れ様」  そんなふうにやり取りしつつ、春陽は湊の膝上に腰を下ろした。 「へへっ」  はにかみ笑顔で、照れくささをやり過ごそうとする。  かたや湊は、何も言わずとも背後から手を回して、優しく抱きしめてくれた。それから、こちらの髪を耳にかけたのちに、顔を近づけてくる。  応えるように春陽が瞼を閉じれば、ちゅっと音を立てて唇が重なった。 「……ん」  唇が離れると、くすぐったい気持ちを覚えながら、湊の大きな胸に寄りかかる。  先ほどまでの騒がしさが嘘のように、落ち着いた空気があたりに満ちていた。 「さっきはごめんね。優がおかしなこと言っちゃって」  思い出したように言うと、湊は何でもないことのように首を振った。 「ううん。俺も――将来的には、って思ってたし」

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