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小ネタ パパの呼び方って…

 優を寝かしつけたあとのリビングは、決まって静けさに包まれる。  春陽と並んでソファーに座ると、柔らかく肩が触れ合った。穏やかな温もりに、湊は表情を緩める。  そんなとき春陽が、ふっと小さく笑った。 「なに?」 「いや、ちょっと――この前、話したこと思い出してさ。湊くんも『パパ』って呼ばれる日がくるんだなあって」  その言葉に、湊の心臓が小さく跳ねる。なんともくすぐったい響きだ。 「パパ、かあ」 「俺はもう呼ばれてるから、次は湊くんに譲りたいなあって思うんだけど。どうかな?」 「うん、嬉しいよ……って、ちょっと気が早いけど」  二人してクスクスと笑い合う。  湊も照れ笑いを浮かべながら、ふと思いついたことを尋ねた。 「そうだ。俺が『パパ』だとしたら、春陽さんはなんて呼ばれたい?」  こちらの問いかけに、春陽はきょとんとした表情を浮かべる。  少し考えるような仕草をしたあと、じわじわと頬が火照っていくのがわかった。  視線を落としながらも、やがて覚悟を決めたように喉を鳴らすと、 「……は、はるちゃん……とか」  春陽がそっと口を開く。 「小っちゃいうちは呼ぶの難しそうだけど、『ママ』よりはそう呼ばれたいかなって――その、湊くんにも呼ばれること……考えたら」  最後まで聞き終えるなり、湊は手で口元を覆った。 「待って。可愛いが大渋滞してる」 「ええっ?」 「……はるちゃん」  堪えきれずにそう呼びかけると、春陽の肩がピクッと震えた。 「ま、まだ呼ぶの早いって」 「はるちゃん」 「っ!」  自分で言ったくせに恥ずかしいのか、春陽はますます真っ赤になるばかりだ。  湊がいたずらっぽく微笑んでいれば、恨みがましそうな目で見られてしまう。それにしたって、可愛いことに変わりないのだが。  つい笑みをこぼしながら、湊は春陽の肩を抱き寄せる。 「楽しみだなあ。春陽さんと、そんなふうに呼び合える日が来るの」 「ううっ……」  恥じらう声すら愛おしくてならない。  湊は笑みを深め、柔らかな髪を撫でながら囁いてみせる。 「ねえ、もう一回だけ呼んでいい?」 「だ、駄目だよ」 「はるちゃん――」  甘ったるく呼ぶと、抗議される前に唇を塞いでしまう。  そうして幸せを噛みしめるかのように、春陽の身体を力強く抱きしめたのだった。

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