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番外編 巣作りオメガと初夜♡(1)★

 発情期(ヒート)の予兆は、予定していた周期よりもいくらか早く訪れた。  久しぶりに強い火照りを感じたのは、夕飯どきのこと。  春陽は慌てて、医師に処方してもらったばかりの新しい抑制剤を飲んだ。  しかし症状は和らぐどころか、夜が更けるにつれ、やり場のない熱がますます広がっていくばかりだったのだ。 (体質、やっぱり変わったのかなあ)  前回もそうだった。  春陽はもともとオメガ性の数値が低いのだが――担当医師いわく、相性のいいアルファが身近にいることで、体質に変化が出るケースがあるという。 (この前言われたみたいに、湊くんとの相性がいいなら嬉しいんだけど……)  春陽はベッドの上で身を起こす。  視界に飛び込んできたのは、湊のシャツ。「持っていたいなら、返さなくたっていいよ」と言われたきり、ずっと手元にあったそれだ。  そして今となっては、泊まりに来る頻度がぐっと増えた湊の荷物が、あちこちにあった。シャツもこの一枚だけではない。  気づけば、春陽はふらりと立ち上がり、プラスチックの衣装ケースを開けていた。そこには、湊が置いていった衣類がいくつか入っている。  ――Yシャツ、カットソー、カーディガン、パーカー。  一枚、また一枚と、春陽は湊の服を両腕に抱えていった。そして、それをベッドまで運び、中心にこんもりと積み重ねていく。  最後にもう一度ベッドに乗り上げると、そこへ埋もれるように身を沈めた。 (湊くんの、におい……たくさんする……)  これが、巣作り(ネスティング)なのだと思った。  オメガが本能のままに、《安心できる空間》を作ろうとする営み。今までの春陽にはなかった感覚だった。 「湊くん――」  春陽は、一番上に積まれていたシャツを抱き締める。そうするだけで鼻いっぱいに湊の匂いが広がり、下肢がずくりと疼くのを感じた。 (湊くんが、ほしい……おなかのとこ、ぐちゃぐちゃにされてっ――それで……)  おもむろに、下着ごとズボンをずらす。  とろりと濡れたそこは、触れただけで指先を受け入れた。それどころか、簡単に根元まで呑み込んでいってしまう。  欲に駆られるまま、春陽は指を動かし始めた。 「っ、は……ん」  最初は一本だけだったものが二本になり、次第に激しく抜き挿しするようになっていく。  自らを慰める手が止まらない。……が、こんなものでは足りない。  春陽は切ない思いで、湊のシャツに顔を埋めた。 (これじゃなく、て……もっと)  もっと奥まで届くものが欲しい。  そうして、ついに三本目の指を迎え入れたときだった。  玄関先で物音がして、ハッと上体を起こす。  玄関の鍵を開閉し、靴を脱いで、部屋へと上がってくる気配。心当たりなんて、一つしかない。 「来てくれたんだ……湊くん」 「そりゃあ、連絡受けたら来るよ――って、もしかして」  寝室に入ってきた湊が、驚きに目を(みは)るのも当然だろう。  ベッドの上に積まれた湊の服。春陽はつい先ほどまでの行為を思い返し、身を隠すようにシャツを引っ掴んだ。 「巣作り、初めてしたんだ。ちゃんとできてるかな?」  恥ずかしい気持ちを覚えつつも、隠しきれない期待を込めて言う。  湊はベッドに近づいてきて、春陽の頭を緩やかに撫でてくれた。 「うん、上手にできてる。俺の服、いっぱい使ってくれたんだね」 「へへ……湊くんの匂い、安心するから」  優しい手の温もりに、春陽はふにゃりと表情を緩める。  かたや湊は隣に腰を下ろすと、思い出したように状況を確認しだすのだった。 「そういえば、優は?」 「しばらく、明音さんが面倒見てくれるって」 「そっか、母さん来てたんだ。抑制剤はもう飲んだ?」 「ん……」  こくりと頷いて、湊の顔をじっと見つめる。それをどう受け取ったのか、湊はこちらを安心させるように笑みを浮かべてみせた。 「ああ、俺? 大丈夫。抗フェロモン剤飲んでるから、安心して」  違う、そうじゃない――。  春陽は胸の中で、静かに呟いた。  今、湊に確認したいのは、フェロモンや本能が云々といった問題などではない。  もっとずっと人間的で、胸の奥に渦巻いていた、どうしようもない欲望のことだった。

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