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第3話 出したばっかりなのに、まだ足りないの?

 有馬の動きが、不意に止まった。  それに気づいた一ノ瀬の手は、そっと背中を撫でながら、少しずつ腰のあたりまで滑り落ちる。布の上から、ある膨らみに指先が触れると、彼はそこで止まった。 「……ほら、もう隠しきれてないよ」  一ノ瀬の声は、冗談めいているのにやけに低くて、耳に触れるたびにぞくりとした。  有馬は視線を落とした。  確かに、短パンの下で熱が張りつめているのがわかる。自分でも、無意識に脚をすぼめていたことに気づいて、慌てて裾を引っぱった。  言葉にならないまま顔を背けた有馬の様子に、一ノ瀬はどこか満足そうに微笑む。  彼の手が有馬の頬を捉え、唇を重ねる。  強く、深く、触れるたびに火照りが増していくような口づけだった。  舌が触れ合った瞬間、有馬の喉奥から、微かにくぐもった吐息がこぼれる。  そして――  一ノ瀬の手が、短パンの腰の部分にかかり、するりと下へ。  やがて二人の間に、何かが触れ合う感覚が生まれる。 「……さわっても、いい?」  そう言いながら、彼はもうすでに、互いの熱を合わせていた。  有馬は思わず背をそらし、喉の奥で小さな声を噛み殺した。 「も、もう触ってるじゃん……」  蚊の鳴くような声でそう言った彼に、一ノ瀬はふっと息を吐くように笑った。  そのまま、顔を落として――胸元、薄布の下で主張する小さな突起に舌を這わせる。 「……っ!」  思わず背筋が弓なりに跳ね上がる。  有馬は反射的に手を口元に当てたが、その音は確かに一ノ瀬の耳に届いていた。  視線が合いそうになるのを避けるように、有馬は目を伏せる。けれど、その表情すらも、十分すぎるほどのご褒美だった。  一ノ瀬の手は、やがて熱を伝える場所へと移り、指先が擦れるたびに、粘る音が小さく耳にまとわりつく。  だめだ――  有馬の中で、どこかが崩れていく音がした。  逃げたい。でも、どこにも行けない。  濡れた唇が胸に触れるたび、そこだけが熱く痺れる。  まるで胸の奥の芯を、何度も何度もこすられているようで、理性が軋みをあげる。 「――ここ、弱いんだ」  そう言って、一ノ瀬はまた布越しに甘噛みする。  有馬は首を横に振りながら、顔を真っ赤にして否定した。 「ちが……そんなこと……っ」  けれど、声とは裏腹に、身体は確かに反応していた。  上も下も、敏感なところばかりを責められて、もう限界が近いのが自分でもわかる。 「だめっ……もう……出る……っ」  吐息混じりにそう呟いたとき、腕は一ノ瀬の背中をしっかりと掴んでいた。  その震える身体を、一ノ瀬はただ黙って受け止めた。  一瞬のあと、有馬の腰がわずかに跳ねる。  熱が弾けるように溢れ出し、彼は一ノ瀬の胸に顔を埋めたまま、息もできないほどの余韻に浸っていた。  なんで、こんなに気持ちいいんだろう。  ひとりのときは、こんなじゃなかったのに――  一ノ瀬は、背中をぽんぽんと優しく叩いてくる。  まるで小さな子をあやすように。  有馬の胸の奥に、記憶の欠片が浮かんできた。  泣いていた幼い自分の頭を、誰かが撫でてくれていた気がする。その温もりと、今の感触が、重なる。 ……まさか、あれも――  思考がふわりと浮かび上がったところで、有馬の視界はゆっくりと霞んでいった。  一ノ瀬は有馬をソファに寝かせ、静かに後始末を始める。  ティッシュで手を拭いながら、何かを思案するように視線を落とす。 ――やっぱり、ここ来てから、ずっと我慢してたんだな。……かわいいやつ。  ようやく目を開けた有馬が見たのは、ボタンを外し始めている一ノ瀬の姿だった。  かすれる声で、なんとか言葉を紡ぐ。 「……な、なにして……」 「ん?まだ続けたいのか?」  そう返された有馬は、すぐさま顔をそむける。  首の後ろまで真っ赤に染まりながら、か細く答える。 「……ちがう、でも……その……」 「じゃあ、口だけでいいよ」  そう言って、一ノ瀬が唇を重ねてくる。  その最中、有馬の視線は自然と下へ落ち――一ノ瀬の“動き”に、はっきりと気づいてしまう。  慌てて目を逸らすも、口の中に熱が流れ込んでくる。  一ノ瀬の舌が、まるで有馬のそれを追いかけるように、深く浅く遊ぶ。  呼吸がうまくできないほどの、濃密なキス。  その片手は、有馬の胸元に再び伸び、ぬるりとした舌と一緒に、そこを貪るように弄る。 「っ……ん、もう……っ、やめ――っ」  低く笑うその声が、耳奥にまで入り込んでくる。  唇の端から、熱い息が漏れ、身体のどこかが震えた。  やがて――  一ノ瀬の手が止まり、数度の震えのあと、小さく息をつく。  それをただ、呆然と見つめていた有馬に、一ノ瀬はぽつりと呟く。 「他人のこと見てるだけで、そんな顔するなんて……ほんとに、エロい子」  有馬は咄嗟にクッションで顔を隠した。  何も言い返せず、ただ耳まで熱くなるのを感じながら。 「シャワー、行ってくるね」  そう言って立ち上がる一ノ瀬の背中を、有馬はつい、目で追ってしまう。  その一歩一歩が、妙に悔しいほど、かっこよかった。 ……ほんと、大人って、ずるい。    そのあとの一ノ瀬は、有馬に対して何もしてこなかった。  シャワーを終えると、クローゼットから適当にTシャツとハーフパンツを取り出し、有馬に手渡して、半ばあやすようにして客間へと押し込んだ。  どうやらまだ仕事が残っているらしく、一ノ瀬はノートパソコンを開いて、静かにカタカタとキーボードを打ち始めた。  着替えを済ませた有馬はベッドに倒れ込むようにして横になった。もう、体は本当にくたくただった。  だけど目を閉じれば浮かんでくるのは、さっきの――一ノ瀬と自分の、あの近すぎた距離感。  振り払おうにも消えてくれない。  思い出せば思い出すほど、下腹のあたりが熱くなってくる。  顔を枕にうずめながら、有馬は考えた。 ――さっきのって、自分、親戚に童貞を奪われたってことになるのか? でも、童貞の定義ってなんだ……?  手が自然に下へと伸び、再び硬さを主張し始めた自身をそっと握った。 「……また、こんなことばっか……っ」  小声で自分を責めながら、そっと扱いてみる。  一ノ瀬の手の感触が、まだ残っている気がした。  舌先で胸元を撫でられた映像が、頭の中でぐるぐる回る。 ――もし、さっき、舐められたのがここじゃなくて……  あわてて枕元のティッシュを引き寄せ、先端を覆った瞬間、熱いものがあふれ出た。  紙の上にとろりと広がっていく精液を見ながら、有馬は枕に突っ伏して小さく呻いた。 「……ほんと、最悪……」  しばらくして、ティッシュを丸めて手の中に握ったまま、有馬はそろりとベッドを降りた。  そっとドアに近づき、ほんのわずかに隙間を開ける。  リビングでは、一ノ瀬がPCに向かって黙々と作業中。まだ濡れたままの髪の毛先が、動くたびにピクピク揺れていた。 ……なんだよ、あの姿……仕事してるだけなのに、なんであんなにエロいんだよ…… 「ん?眠れないの?」  ドアの軋みで気づいたのか、一ノ瀬がふと振り向いて言った。  有馬はびくりと肩を震わせた。 ――やばい。まさか、またやったのバレてない……  な……!?  慌てて丸めたティッシュを背中に隠しながら、しどろもどろに答えた。 「……トイレ、行くだけ……」 「はいはい、“おつかれさまです”。」  わざとらしく敬語で返されたことで、有馬の顔が一気に真っ赤になる。  思わずトイレへと駆け込んでしまった。まるで、しっぽを丸めて逃げる小型犬みたいに。  一ノ瀬はその様子を見て、くすっと笑った。  欲に振り回される若造って、ほんとに……かわいくてたまらない。 ✨️次回は明日19時♪

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