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第2話〜蒼都の心情〜

スタジオの片付け音が遠ざかり、モニターの明かりだけが静かに灯る中、蒼都の視界にはただひとつ、陽太の笑顔が反復されていた。 「……大丈夫、そんなんしなくても好きだから。」 その言葉が 何度も何度も脳裏に再生される。 まるで呪文のように 蒼都の中で揺れ動く。 彼の笑顔は、無垢で、無邪気で まるで太陽の光のように純粋だった。 陽太の瞳が 真っ直ぐ蒼都を見つめていたあの瞬間。 それは冗談かもしれない 誰にでも言いそうな一言かもしれない。 でも、確かな熱を帯びて、蒼都の胸奥に刺さった。 ――あの日のあの言葉が 自分の心に塗り重ねられていく。 蒼都は自分の胸に手を当てる。 鼓動が暴走しそうだ。 思考はまるで止まり、ただ感覚だけが渦巻く。 脳裏に映るのは 陽太が身体を密着させてくる柔らかな感触。 肩に寄せられた腕。 膝の上にぽんと乗せられた身体。 蒼都の顔のすぐそばで 陽太のその無防備な姿勢が まるで誘っているようで―― 指先が不意に 首筋に触れてみたいという考えが湧き上がる。 頸動脈に指を這わせたら 彼はどう反応するだろう。 思わず自分の唇が 彼の首筋に触れたくて震えている。 唇、その柔らかさ、熱さ。 やわらかな吐息と共に 自分の名を呼ぶ声を想像する。 「蒼都……」って呼ばれたとしたら。 どんなトーンで。 どんな距離で――。 暖かな吐息と、甘い囁き。 耳元で落ちるその声に 思わず身体が反応し 喉が締め付けられるような気持ちがする。 そして抱きしめたなら—— そのままぎゅっと、抱きしめたら。 柔らかく小柄な身体は すぐに蒼都の腕の中に すっぽりおさまってしまうだろう。 陽太の髪の匂い。 汗ばむ髪のにおい シャンプーの香り。 衣装の生地の匂い 甘くチョコの混ざる彼の匂い。 その中で、全てを深呼吸したくなる。 彼の体温が 皮膚を通してじんわり染みる感覚を 全身で受け止めたい。 ──けれど、 それは“弟”への距離を超えてしまう行為。 それでも、「やめろ」と心で言いながら つい自分の手が熱を帯びたまま 膝に置かれた腕や細い腰に 触れてしまう瞬間もある。 「どうしたいんだ…俺は……」 と吐き出す言葉は 自分の期待と欲望に対する自己嫌悪。 だがその先には 諦めきれない胸の疼きが膨らんでいる。 陽太の無邪気さが胸を締めつける。 だがその無垢さが、ただただ罪深く思える。 邪な目で見てしまう自分が もっと罪深い。 そのまっすぐな想いに気づいてほしくて でも気づかれたくなくて。 「俺はただのアニキでいたい。弟を守る存在でいたい」 と自分に言い聞かせても、 気持ちは明らかにある日から変わってしまった。 たとえば 陽太が誰か他の人に微笑んでいるだけで 胸が熱く締めつけられ 胃がきゅうっと痛む。 それでも、彼に嫌われたくはない。 この気持ちが罪だとしても 後悔できるはずがないと思う。 静寂の中、蒼都は深く息をつき 拳を強く握っている。 その拳の熱が、胸にまで広がっていく。 陽太の笑顔が 唇が、匂いが、距離が、声が 全てが渦巻き 蒼都の意識の中で 「鮮やかな波紋」 として広がっていた。 この感情をどう扱えばいいのか ――蒼都はまだわからない。 ただ確かなのは “彼のまっすぐな”「好き」は 蒼都の中で もう弟としてでは収まりきらないということ。 「――好きなんだ、俺……」 その言葉が、ゆっくりと自分の内側で 重なって灯っていく。

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