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#02
家の中は何の音もしない静かな空間。
ただどこまでもずっと静寂が続く。
いるのかいないのか分からないほど存在感のない母親はなにをするわけでもない、ただぼんやりと光る携帯から目を離さずに壁にもたれて座っている。
声をかけてもこちらを見向きもせず、なんの反応もしない。
それが分かってから母親に声をかけるのをやめた。
この人はきっと僕がいなくなってもかわらない。
それどころか気付きもしないかもしれない。
ただ時折、僕が学校へ行こうとするときにひどくヒステリックな声をあげる。
僕はその声が聞こえた瞬間に鞄をおろして、学校へ行くのを諦めた。
そうすれば少しはましだから。
それでも何十分、長いと何時間もいわれの無いことで責められるのは僕の心を少しずつ、それでも確実にすり減らしていった。
産まなきゃよかったなんてありきたりな言葉は最初に大きな傷をつくって、そこからちくちくと小さな傷を増やしていく。
その目が嫌いだとか、声が嫌いだとか、自分じゃどうしようもできないことばかり責めてきて僕は何も言えない。
まだ母と普通に話せた頃に父親は単身赴任で家にはいないと聞いたけれど、何年も帰ってこないところを見るにおそらく出ていったんだろうと思う。
父がいないことを認められない、ヒステリックに僕にあたることしかできない母親と、そんな母親になにも言えない僕。
歪な関係はもう何年も続いている。
僕が終わらせない限りきっとこれからもずっとこの日々は続く。
母親 はきっとずっと変わらないから。
透也のいる学校だけが僕の息ができる場所で、彼だけが唯一の救いだった。
透也がそこにいてくれるから。
透也が僕に笑いかけてくれるから、僕は生きていてもいいんだと思える。
そんな愛しい日々もあの日、あの告白を見てしまったせいで、僕の日常の歯車の一つは軋んでずれた。
透也は何も悪くない。
心の隅に落ちたはずの黒いしみは広がって、自分でも気付くほどに大きなしみになっていた。
それでもまだ大丈夫。
透也が近くにいてくれるならまだ生きていられる。
きっとまだ平気。何も変わらない日常が続くだけ。
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